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象牙問題から見る、国際取引の課題と日本の責任 WWFと考える~SDGsの実践~【4】

象牙問題から見る、国際取引の課題と日本の責任 WWFと考える~SDGsの実践~【4】
©Martin Harvey / WWF
WWFジャパン/西野亮子

今や広く認識されるようになったSDGs。ですが、期限とされる2030年までにゴールするには、まだ多くの課題が山積みです。このシリーズでは、国際環境保全団体WWFジャパン(世界自然保護基金ジャパン)が、SDGs達成に貢献するためのカギとなる視点や取り組みを、世界の最新の動きと共に紹介します。

art_00361_著者_西野亮子さん
西野亮子(にしの・りょうこ)
WWFジャパン野生生物グループ所属。ワシントン条約の決議やそれに関連した国内の法制度についての政策提言、また市場における野生生物取引に関する調査や、民間セクターの取り組みの促進を担当。アフリカゾウ保全の実施部隊であるWWFタンザニアやケニアオフィスと連携する支援プロジェクトも推進。

ゾウと象牙とSDGs

世界最大の陸上動物、アフリカゾウ。世界中の誰もが知っているこの野生動物は、サハラ砂漠以南の37の国々に生息し、その総個体数は2016年の時点でおよそ42万頭と推定されています。

しかし、この有名な人気者の動物は、地球上で最も多く、密猟の犠牲になっている哺乳類の1種としても知られています。1年間に、密猟されているアフリカゾウの数は、およそ2万頭。その密猟の目的となっているのが、時に金に匹敵するほどの高値で取引される「象牙」です。

このアフリカゾウの受難の歴史と、「取引」という人間の行為に目を向けてみると、野生生物の生息国と、そこからはるか離れた消費国のつながりが、また、そこに生じている問題が見えてきます。

解決のためには、SDGsの「17の目標」にも通じた取り組みが必要とされる、この象牙の違法取引。アフリカゾウを絶滅の縁に追い詰める脅威となってきた、この問題の今に注目してみましょう。

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©Martin Harvey / WWF
体重10tにもなるアフリカゾウ。アフリカゾウは長い間、1種の野生動物とされてきましたが、近年はサバンナや半砂漠のような開けた土地にすむ大型のサバンナゾウ(Loxodonta africana)と、熱帯林に生息するマルミミゾウ(Loxodonta cyclotis)の2種に分類されるようになりました。いずれも象牙を狙った密猟の犠牲になっています。

乱獲の歴史

アフリカゾウと象牙にとって、大きな歴史上の出来事となったのは、大航海時代の突入とヨーロッパ人による世界への進出でした。16世紀になると、アフリカにやってきたヨーロッパ人の奴隷商人が、主にアメリカ向けの高価な商品の一つとして象牙を扱うようになり、多くのアフリカゾウが狩られたと考えられています。

また、19世紀以降に欧州の列強による植民地化が進むと、欧米人による盛んな狩猟(ハンティング)が、そして20世紀の後半以降は法律に違反して行われる「密猟」が、アフリカゾウを追い詰める大きな脅威となりました。

特に深刻な被害をもたらしたのは、1970年代から80年代にかけて、アフリカ東部で起きた密猟です。この時、ケニアやタンザニアといった国々では、数十万頭のアフリカゾウが犠牲になりました。さらに2000年代後半からは、アフリカ中西部の森林地帯を中心に、大規模な密猟が発生。密猟には、周辺地域の紛争などで使われた高性能の自動小銃などが多用され、被害を拡大する原因となりました。

こうした乱獲の影響により、1979年の時点で134万頭と推定されたアフリカゾウは、その後の約40年間で42万頭まで減少してしまったのです。

ワシントン条約の誕生と象牙取引の規制

20世紀後半以降に起きた大規模な密猟に共通した背景には、象牙の一大消費地である、アジアの国々の経済発展があります。

1970~80年代の当時、世界最大の象牙輸入国だったのは、高度経済成長を遂げた日本でした。そして2000年代以降、最大の輸入国となったのは中国であり、そのタイミングは中国とASEAN諸国の経済発展に重なります。

つまり象牙の需要の高まりと、それを受けて激化した密猟は、人々の暮らしが豊かになり、文化的な嗜好(しこう)やぜいたくな品への要求が急激に高まった、一つの結果ともいえる事象なのです。

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©Martin Harvey / WWF
アフリカゾウの象牙。この象牙もまた、動物が持つ牙のなかでは最大級です。この牙はオス・メスともにあり、土や木の根を掘り返したり、オス同士によるメスをめぐる戦いに使われたりします。工芸品の素材としては、加工や表現のしやすい柔らかさと、なめらかさを持つ高い品質を誇り、古くから日本でも珍重されてきました。密猟が多発していた1980年代の日本の象牙の輸入量は、年間250t以上にのぼりました。

こうした過剰な取引と大規模な密猟から野生生物を守るため、1975年に一つの国際条約が誕生しました。「絶滅のおそれのある野生動植物の種(しゅ)の国際取引に関する条約」、通称「ワシントン条約(CITES)」です。

この条約は、国と国の間で行われる取引を規制することで、野生生物の需要と供給を抑え、保護することを目的としたもので、現在までに183の国と欧州連合(EU)が参加(2022年3月時点)、日本は1980年に批准しています。3万8000種以上の野生生物を、国際取引の規制対象種に定めています。

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ワシントン条約附属書のカテゴリーと規制内容
ワシントン条約では、生きた個体だけでなく、剥製(はくせい)や牙、骨、毛皮などの部位や、それらから作られる製品も、取引規制の対象としています。規制の内容は、輸出国政府の許可をもって行われる取引が95%以上を占め、取引が禁止されている種は3%ほどです。野生生物の「生息国」、取引の「中継国」、最終的な「消費国」、この三者が協力して取引管理の責任を負うのがこの条約の大きな特徴です。

アフリカゾウをめぐっては、1970~80年代の密猟の影響から、1989年の第7回ワシントン条約締約国会議(CITES-CoP7)で象牙の国際取引を全面的に禁止する措置が採択され、従来行われていた輸出や輸入ができなくなりました。

しかし、東部とは異なり、密猟の被害が少なかった南部アフリカ諸国は、この取引規制に反発。「象牙は自国の産品であり、取引をする権利がある」として、取引の再開を訴え続けました。

また、これらの国々は、自然死したゾウの象牙を集めて保管し、国際取引が再開された時に備えていましたが、こうした管理やゾウの保護活動に必要なコストを象牙取引の収益で賄いたい、それがなければ取り組みは続けられない、と主張していました。

同じアフリカゾウとはいえ、生息している国や、地域の社会的な状況によって、保全をめぐる取り組みや主張は、大きく変わってくるのです。

象牙の取引禁止に向けた世界の動き

こうした状況を受け、1989年の象牙取引の規制開始後、1999年と2008年に2回に限り、ワシントン条約事務局の承認のもと、南部アフリカ4カ国から日本および中国(2008年のみ)に向けた象牙の輸出(ワンオフセール)が行われました。

これは取引全面禁止のなか、生息国の状況に配慮して行われた措置でしたが、その後、一時落ち着いていた密猟が、アジアの経済成長に伴い再び増加。取引の規制を求める国際世論は強まり、2016年のワシントン条約第17回締約国会議では、密猟や違法取引に寄与している各国内の象牙市場の閉鎖を求める勧告を盛り込む決議(決議10.10)の改正が採択されました。

これは、国際間の課題解決にあたる国際条約が、各国内の規制にまで踏み込んだ異例ともいえる決断でした。そして、それだけアフリカゾウの密猟と違法取引の問題は、深刻さを増していたのです。

現地のアフリカでは、貧しい人々がゾウの密猟に手を染め、武器や麻薬と関わる組織に転売したり、そうした行為を取り締まるはずの政府高官も違法行為に加担したりするなど、犯罪規模が拡大。象牙を含む野生生物の違法取引全体では、年間2兆円ともいわれる規模になりました。

またこの背景には、貧困だけでなく、農地開発などですみかを追われたゾウが農作物を荒らしたり、住民に危害を加えたりするなどの問題も、密接にかかわっています。

そのなかで、国内での象牙取引を合法的に認めてきた主要国の、タイ、中国、アメリカ、EU、イギリスといった国々は、決議10.10を受け、次々と取引の原則禁止を決定。密猟された象牙の違法な流入と、自国を経由した他国への流出も遮断するため、国・域内の取引を厳しく制限することで、密猟や密輸を喚起する需要を抑制する意思を示しました。

日本の象牙市場が抱える問題と責任

その一方で、象牙の国内取引を合法的に続けている国もあります。それが、日本です。

政府は、近年密猟されたゾウの象牙が違法に持ち込まれる「密輸入」の事例が、日本ではほとんどないことを理由に、日本の国内象牙市場は密猟や違法取引に寄与していない、との見解を表明。取引を継続しています。

しかし、日本の象牙市場では今、国内の在庫象牙を、海外に違法に持ち出す「密輸出」が起きています。行く先の多くは中国。国内取引を禁じたとはいえ、いまだ根強い象牙需要が残る中国で、日本から持ち出された象牙が、新たな需要を喚起し、密猟を誘発する可能性があるということです。

確かに日本は、直接的にゾウの密猟に関わってはいないかもしれません。しかし、密輸出を通じて違法取引の一端を担い、間接的に寄与していることは間違いありません。さらに、象牙取引のルールを定めた現状の法律は、国内に存在する在庫象牙が把握できないうえ、国内流通のトレーサビリティーも取れないなど、改善すべき課題も多く残したままです。

大量の在庫象牙を抱え、国内取引を続ける国として、これでは国際社会に対する責任を果たしているとはいえません。事実、そうした観点から、日本にも国内市場を閉鎖するよう、国際的に多くの要請や批判が寄せられています。

2022年11月に開催が予定されている、19回目となるワシントン条約の締約国会議(CITES-CoP19)でも、この象牙取引をめぐる議論が行われる見込みです。日本の対応にも注目が集まることになりそうです。

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©TRAFFIC
今も日本で売られている象牙製品。2018年の調査では、違法行為となることを承知で、外国人向けに販売を促す店舗も確認されました。一方、インターネットを使った取引が、海外への違法な流出につながっている懸念を考慮した主要なeコマース企業は、自主的に象牙取引禁止措置を導入。国としても、文化的な用途などの例外規定を明確に定めたうえで、その他の象牙取引は原則禁止とする規制の強化が必要です。

象牙問題の経緯に目を向けてみると、その解決には各国経済の発展や、地域の貧困、紛争、各国の政策の欠点といった、さまざまな社会的課題の解決と、それに向けた国際協力の必要性が見えてきます。そして、その対策となる取り組みは、特に「貧困」「不平等」「経済成長」「平和」、そして、消費国の「つかう責任」といったSDGsの目標にも通じたものといえるでしょう。

アフリカゾウという野生動物の保護、象牙をめぐる国際的な議論、これらをいま一度、SDGsの観点から見つめ直し、特に必要とされる国際協力をどう推進していくか。ワシントン条約の締約国会議が開かれる2022年は、その展開が注目される山場の一年です。

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