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牛乳5000t廃棄なの? 簡単でない裏事情

牛乳5000t廃棄なの? 簡単でない裏事情
牛乳の余剰が心配された2022年3月、小売り店では消費を促そうと相次いで値引きが打ち出された(撮影・朝日新聞)
食品ロス問題ジャーナリスト/井出留美

井出留美さん
井出留美(いで・るみ)
奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学)、修士(農学)。ライオン、青年海外協力隊、日本ケロッグ広報室長などを経る。東日本大震災で支援食料の廃棄に衝撃を受け、自身の誕生日でもある日付を冠した(株)office3.11設立。第2回食生活ジャーナリスト大賞食文化部門、Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018、令和2年度 食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。近著に『食料危機』『捨てられる食べものたち』など多数。

消費よびかけに4種類の声

2021年の年末に「余剰生乳5000t、廃棄か」と報じられた。もともと日本では、夏になると牛乳の需要は伸びるが牛があまり乳を出さなくなるので供給は不足し、冬になると需要は減るのに牛が乳をたくさん出すようになり牛乳は余りがちだ。2021年は比較的涼しかったこともあり、例年よりも生乳の生産量が増えたが、コロナ禍による業務用需要が減ったため、需給のバランスが崩れていた。そこに冬休みで学校給食がなくなったことが追い打ちをかけた。学校が春休みを迎えると再び生乳は余剰となった。

乳業業界や農林水産省、岸田首相は牛乳の消費を呼びかけた。その際、ソーシャルメディアでは「バターにすればいい」「乳を搾らなければいい」「安売りすればいい」「業界が努力すべきで消費者に飲めと押し付けるのはおかしい」などの声が聞かれた。だが、本当にそうだろうか。そういうものなのだろうか。

「バターにすればいい」について

バターには家庭用と業務用とがあり、1個単位の規格が違う。家庭用は200g以下が一般的だが、業務用は450gが15個入りで1箱など、単位が大きいのが特徴だ。

また、家庭用と業務用とではサプライチェーン(製造から使い手に至るまでの流通網)が異なる。家庭用のサプライチェーンはコロナ下でも滞ることはなかったが、業務用のサプライチェーンは、レストランや居酒屋などが時短営業となり、外食需要が低迷。感染拡大防止のため観光や出張が自粛されるとバターを使ったお土産需要も下火となった。そうなると、バターは出荷されず、在庫が積み上がってしまう。規格が違うため、業務用のバターをスーパーなどの小売りに回すこともできない。

バターの種類
出典:農林水産省 脱脂粉乳・バターの安定供給のために

かといって余剰となった生乳を捨てるわけにもいかず、すでに在庫が積み上がっている状況にもかかわらず、業界をあげて増産態勢でバターなどに加工していたのが実情だ。

そして食品には、安全に食べられる期限である「消費期限」や、おいしさの目安である「賞味期限」がある。バターの場合は「賞味期限」。食品業界では、理化学試験・微生物試験・官能試験をもとに算出した実際においしく食べられる目安の日数に、1より小さい安全係数をかけて「賞味期限」を設定している。

ただでさえ短めに設定されるのだが、さらにそれを3等分し、最初の3分の1までを「納品期限」、次の3分の1までを「販売期限」としている。それぞれの期限を過ぎると、たとえまだ賞味期限が残っていても納品できない、あるいは販売できないという、食品業界の商慣習「3分の1ルール」がある。

「3分の1ルール」とは?
出典:朝日新聞

業務用バターは冷凍保存するので日持ちするが、保存期間はせいぜい2〜3年である。在庫が増えると冷凍倉庫の保管費用がかかる上、業界特有の商慣習や短めに設定されている賞味期限によって、いずれ廃棄することになる。「とりあえずバターにしておけば」解決というわけにはいかないのが現状だ。

「乳を搾らなければいい」について

急に乳を搾らなくなると牛が乳房炎になってしまう可能性がある。牛は機械ではない。人間の都合に合わせてボタンひとつで乳の量を調整できるわけではない。生乳は牛の血液によって運ばれてくる栄養成分を乳房にある乳腺細胞で濾(こ)したもので、1Lの生乳を作り出すのに牛は400~500Lもの血液を循環させる必要がある。

法政大学経営学部の木村純子教授は『持続可能な酪農 SDGsへの貢献』(一般社団法人Jミルク編集、中央法規出版)の中で、「酪農や農業は、命を育てる活動で、資本主義に合わない」と指摘している。本来、牛乳は子牛のために母牛が作り出す、命の糧となるもの。牛乳を飲むということは、牛の命を分けてもらうということである。

「安売りすればいい」について

東京大学大学院の鈴木宣弘教授は『農業消滅』(平凡社新書)の中で、「カナダの牛乳は1リットル当たり約300円で、日本より大幅に高い。だが、消費者はそれに不満を持っていない」と述べている。鈴木教授の研究チームの調査によると、ホルモン剤の使用など安全性に不安のある外国産の牛乳より自国の乳業を支えたいというのがカナダの消費者の心情のようだ。

安売りすれば消費者はよろこぶかもしれないが、すでに原油高や円安の影響で、燃料やトウモロコシなどの飼料の価格が高騰し、酪農家の経営は圧迫されている。日本の食料自給率が37%(カロリーベース)と低く、多くの食料を海外に依存していることを考えると、乳業・酪農業界の持続可能性を含めて日本の食料安全保障について考える必要があるのではないだろうか。

大規模牧場で搾乳中の乳牛
大規模牧場で搾乳中の乳牛(撮影・朝日新聞)

「消費者に飲めと押し付けるのはおかしい」について

2014年のクリスマスシーズンにバター不足が生じてから、農林水産省と酪農・乳業業界は一丸となって安定供給を目指してきた。増産といっても、一頭の乳牛を育て乳が搾れるようになるまでに最低でも2年半かかる。酪農家が何年もかけて乳牛の頭数を増やし、生乳の増産に取り組んできたところに起こったのが、このコロナ禍である。業界としてはコロナ後を見据えてこの難局を乗り切ろうとしているが、消費者には問題の背景が伝わっていない。

消費者は自分の権利ばかりを主張しがちだが、他者のことを考えて消費行動をとる責任もある。消費者の権利と責任については、1982年に国際消費者機構が「消費者の8つの権利と5つの責任」を提唱し、日本では中学校の家庭科で履修することになっている。

「自分さえよければ」ではなく、自分たちの食を支えてくれている生産者のことまできちんと配慮する必要があるということだ。ロシアのウクライナ侵攻が引き金となった食料危機が危惧されるいま、日本の食料自給率の低さを考えるとなおさらである。

経済性ばかりを優先した食料システムのもろさは、このコロナ禍ですでに明らかになっている。われわれはどこかで命や自然さえ操ることができると誤解していないだろうか。

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