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海の生物多様性保全と持続可能な漁業の両立へ 日中協力プロジェクトの20年 WWFと考える~SDGsの実践~【5】

海の生物多様性保全と持続可能な漁業の両立へ 日中協力プロジェクトの20年 WWFと考える~SDGsの実践~【5】
©Jianmin WANG
WWFジャパン/吉田誠

今や広く認識されるようになったSDGs。ですが、期限とされる2030年までにゴールするには、まだ多くの課題が山積みです。このシリーズでは、国際環境保全団体WWFジャパン(世界自然保護基金ジャパン)が、SDGs達成に貢献するためのカギとなる視点や取り組みを、世界の最新の動きと共に紹介します。

吉田誠さん
吉田誠(よしだ・まこと)
WWFジャパン海洋水産グループ所属。南米、東南アジア、中国などで、日本が輸入・消費している水産物(シーフード)の持続可能な生産と、現地の自然保護活動の支援を担当。海外のWWFスタッフとも協力し、多くの生物が息づく海の自然と、漁業・養殖業、流通、消費のサプライチェーンを結んだ視点で活動に取り組む。

海にかかわるSDGs

地表の4分の3を占める海。最初の生命が誕生し、今も多くの生物をはぐくみ続ける海の恩恵は、私たちの暮らしや産業、文化などを支える、大切な基盤でもあります。SDGs全体の基礎をになう「生物圏」の層に含まれる目標の一つに、海に関連した「目標14」が位置付けられ、上層の「社会圏」「経済圏」を支えていることも、人と海の関係性を示すものといえるでしょう。

ウェディングケーキモデル
「経済」「社会」に関わるSDGsの達成には、海や陸域といった「自然環境」の保全が欠かせません。(出典:ストックホルム・レジリエンス・センター)

実際、SDGsの目標14である「海の豊かさを守ろう」には、現在の世界の海洋環境を脅かしている、さまざまな問題の解決に必要な要素が、網羅されています。海洋ごみや富栄養化、廃プラスチックなどによる汚染の防除、海洋生態系の保全と保護区の設定、海洋酸性化への対処、そして、IUU(違法・無報告・無規制)漁業に起因した漁業資源の乱獲といった行為の抑制。これらはいずれも、目標14が掲げる「持続可能な開発のために海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する」ゴールの重要な要素といえるでしょう。

しかし、これらを実現するためには、SDGsの他のゴールにも関連した取り組みも必要になります。今、世界の海ではどのような保全活動が行われているのか。事例の一つを紹介しましょう。

持続可能な「アサリ」の誕生

2022年3月、日本の大手小売企業イオンの店舗で、新商品『あさりづくしのあさりめし』の販売が開始されました。この商品が特別な理由は、原材料に「海のエコラベル」として知られる「MSC認証」を受けたアサリを使用していることです。

あさりづくしのあさりめし
©ニチレイフレッシュ
MSC認証アサリを使った『あさりづくしのあさりめし』。MSC(Marine Stewardship Council:海洋管理協議会)の認証は、海洋環境に配慮し適切に管理された、サステナブルな漁業でとられたことを示す国際認証。一般の消費者も、MSC「海のエコラベル」のついた商品を自ら選ぶことで、持続可能な漁業に取り組む漁業者を応援し、海の環境と資源を守る取り組みに参加できる仕組みです。

このアサリの原産地は、中国の黄海沿岸。黄海は、世界屈指の規模を誇る大陸棚の海であり、沿岸には2万km2にもおよぶ広大な干潟を含む湿地環境など豊かな自然が今も見られます。特に、シギやチドリなど、日本にも飛来する渡り鳥にとっては重要な飛来地。毎年春には100万羽以上が、この黄海沿岸を訪れ、翼を休める姿を見ることができます。

しかし、この豊かな海の自然は、20世紀後半以降、受難の歴史をたどり始めました。世界有数の漁場でもあった黄海では、漁業や沿岸域での養殖が急激に拡大。さらに海岸部の開発や埋め立ても進み、特に中国の黄海沿岸域の干潟の自然は2000年までの50年間に70%が失われました。

主な水産資源の一つでもあったアサリの年間生産量も、かつては100万t以下だったのが、中国国内の消費が拡大したこともあり、2000年代初めには200万t、近年は400万t前後にまで増加。こうした状況のなか、海の環境の変化と自然の劣化が進み、漁業自体の持続可能性も脅かされるようになったのです。

この事態は、日本にもかかわりがありました。日本のアサリ供給量の6割は中国からの輸入でしたが、黄海はその重要な産地だったためです。アサリの主要生産地である黄海沿岸の豊かな自然が日本の食を支えてきたにもかかわらず、日本でのアサリの消費が、黄海沿岸の自然を脅かす一因を生み出す。まさに、国境を越えた環境問題の典型でした。

黄海沿岸の干潟を訪れる渡り鳥
©WWF China
黄海沿岸の干潟を訪れるシギやチドリなどの渡り鳥。春にはここで十分な栄養を補給し、繁殖地のシベリアに旅立ちます。種類によっては、繁殖期の夏の間、何も食べずに子育てに専念する親鳥もいるため、この場所で十分な栄養を蓄えられるかどうかが、繁殖と種(しゅ)の存続のカギになっています。しかし、周辺では工業化が進み、埋め立てや干拓による生息地の消失が深刻化しています。

生態系を守り、持続可能な漁業を実現する二つの取り組み

そこで、WWFでは日本と中国のオフィスが協力し、2002年から黄海の保全プロジェクトを開始。アジアを代表する海の生態系を守りながら、持続可能な漁業の実現を目指す、二つの取り組みを展開しました。

最初に行ったのは、広大な黄海の中で、優先的に保全すべきエリアを特定する取り組みです。約5年の歳月をかけ、各分野の専門家の協力を仰ぎながら、鳥類や魚類、海藻類などの野生生物を分類群ごとに調査。それぞれの生息域として重要なエリアを明らかにした地図を作製しました。

そして、生息域のデータを地図上に重ねていくことで、複数の生物群にとって重要な23の地域を特定。2007年から8年間にわたり、そのなかから優先的に保全に注力するエリアを選定して、中国と韓国でそれぞれ、沿岸生態系の管理と地域振興のモデルとなる活動を展開しました。

黄海エコリージョン優先保全地域マップ
©WWF Japan
沿岸のなかでも重要なエリアを明らかにした、黄海エコリージョン優先保全地域マップ。野生生物の主要な生息地を地図に落として重ねることで、特に重複の多いエリアを選定しています。広い海域の全てを守ることはできないので、こうした検証を行い、高い保全効果が期待できる場所に注力して活動を行います。
干潟での生物調査
©WWF Japan
鴨緑江河口に広がる干潟での生物調査。こうした調査を含む保全活動は、2007年から8年間にわたり、パナソニックの支援で行われました。

このような地域社会が中心となった沿岸の生態系の保全活動に続き、2016年からは持続可能な漁業を実現するための取り組みに本格的に乗り出しました。その柱となったのが、アサリの漁業改善プロジェクトでした。

推進したのは、中国・遼寧省の水産加工会社・丹東泰宏食品有限公司、同社からアサリを原料として調達している日本の大手水産会社・ニチレイフレッシュ、そして中国と日本のWWFです。

アサリ漁業のMSC漁業認証取得が実現!

黄海で増加を続けるアサリの資源を持続可能な形で利用しつつ、漁場周辺の海洋環境をどう保全するのか。難しい課題が絡み合うなか、プロジェクト関係者たちがその手立てに選んだのが「MSC漁業認証の取得」でした。MSC認証は、漁業を対象とした漁業認証と、加工・流通段階で認証水産物がそれ以外の水産物と混ざらないことを保証するCoC(Chain of Custody)認証の二つから成り、アサリの漁業改善プロジェクトでは漁業認証の取得を目指しました。

MSC漁業認証の規格は、主に下記の3点をふまえ、構成されています。

1) 資源の持続可能性
2) 漁業が生態系に与える影響
3) 漁業の管理システム

アサリの漁業改善プロジェクトでは、これらの原則にもとづいた漁業の改善を実施。漁業が生態系に影響を与える可能性について調査を通じて明らかにするなど、予備審査で洗い出された課題の解決に取り組みました。しかし、漁業関係者にとって、国際基準でもあるMSCの漁業認証規格は、理解するだけでも大変な作業。そのため当初は進行に遅れも生じていました。

そこで私たちは、関係者と作業の進捗(しんちょく)や必要な作業を確認したり、規格の内容や持続可能な漁業に対する理解を深めたりするための定期的な場を設定。これを継続することで、改善を進めるきっかけをつかみ、プロジェクト関係者どうしの信頼構築につとめました。

日中プロジェクト関係者による会議
©WWF Japan
繰り返し行われた、日本と中国のプロジェクト関係者による会議。中国ではMSC漁業認証のような漁業の国際認証の取得例が少なく、漁業認証規格の内容や持続可能な漁業への理解など、実際の漁業の改善には、多くの時間と粘り強い協力が必要とされました。

そして、2021年9月21日、ついに黄海のアサリ漁業がMSC漁業認証の取得を果たしました。新型コロナウイルスの影響による遅延はありましたが、これによって、中国で漁業改善プロジェクトを通じた、初のMSC漁業認証の取得例が誕生したのです。私たちWWFが黄海の保全活動に乗り出してから19年。その歩みのなかで得た、とりわけ大きな成果の一つでした。

それから半年、MSC漁業認証を受けたアサリは商品化され、日本の店頭に並ぶことになりました。それが、冒頭でご紹介した新商品『あさりづくしのあさりめし』と、いうわけです。

持続可能な「海の未来」を築くためのSDGsとは

さまざまな調査や審査をクリアしなくてはならないMSC漁業認証の取得を実現したことで、黄海でのアサリの漁業改善プロジェクトは、漁業による海の生態系への影響を明らかにしつつ、厳しい漁業管理計画の策定や業界団体の設立を促すものとなりました。

これらはいずれも、中長期的な漁業管理を促進し、黄海の豊かな自然環境を保全していくうえで、欠かせない要素です。

そして今回のMSC漁業認証の取得は、漁場から加工、商品までをつなぐ中国と日本のサプライチェーン上の関係者、WWFのような環境保全団体、大学などの研究機関、さらには現地当局などの幅広い関係者による協力のたまものでした。

プロジェクトの関係者たち
©WWF Japan
アサリ漁業改善プロジェクトの関係者たち。

このように、長年におよぶ多様な関係者の協働が、国境を越え、漁業を持続可能なものに改善していくプロセスには、SDGsの目標14にある「海の豊かさを守ろう」はもちろんのこと、目標12の「つくる責任 つかう責任」や、目標17の「パートナーシップで目標を達成しよう」にも通じた取り組みがあり、相互に連携していることがわかります。

このアサリ漁業のような取り組みを、他の国や地域での漁業や、その対象となる魚類にも広げられれば、世界の水産資源や海洋生態系を脅かすIUU漁業を排除し、私たちの子々孫々まで、水産物の恵みを享受し続けられる「持続可能な未来」を実現できるに違いありません。

そして、MSC認証を受けた水産物などを買う「消費者」の選択が、こうした「未来」につながる力になっているということを、ぜひ考えていただければと思います。

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©Jianmin WANG
中国・河北省唐山市灤南(ランナン)県の南堡(ナンプ)湿地。毎年春に10万羽近い水鳥が飛来する、黄海沿岸でも重要な飛来地の一つです。WWFジャパンは、WWF中国と共に2017年からこの南堡湿地の保全活動も展開。調査に加え、現地当局への要請や話し合いを粘り強く行った結果、2020年10月26日に省級(河北省立)の湿地公園として保護区となることが決まりました。

WWFジャパンは、IUU漁業による海の自然環境の危機を、一般消費者に広く知ってもらうため、沖縄から時事ネタ動画を発信する人気のお笑い芸人「せやろがいおじさん」と共に解説動画を制作。あわせてIUU対策法ともなる水産流通適正化法の強化を求めるオンライン署名への賛同を呼び掛けています。

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