災害大国だからこそ最強のおいしさを 尾西食品に見る非常食最前線

備えて安心と思っていたら、賞味期限切れで慌てて買い換えた――もしあなたの家や会社の非常食がそんな状態だとしたら、すぐに見直すべきだ。いまや非常食をめぐるキーワードは、(1)おいしいものを(2)ローリングストックが定番。SDGsにも力を入れる尾西食品に「いまどきの非常食」を聞いた。
ココイチとコラボで大ヒット
アルファ米を主軸にした非常食の老舗・尾西食品で、会社史上最高の売り上げとなった大ヒット商品がある。CoCo壱番屋(ココイチ)の監修を受けたカレーセットだ。
アルファ米にお湯を注いでカレーパウチを一緒に外袋に入れて待つこと15分。温まったカレーをアルファ米の容器に注いだらできあがりだ。スプーンも付いているのでどこでもすぐに食べられる。
保存期間は5年。非常食だがふだん食べても「ココイチの味」と満足してもらえるよう、スパイシーな味付けにこだわった。年間10万食を目指して2021年に販売したところ、当初目標の3倍以上を売り上げるお化け商品となった。
2022年3月には、子どもや高齢者も食べやすいよう、マイルド味の第2弾を発売。誰もが食べられる非常食カレーがそろった。
筆者も食べてみた。できたてを口に運ぶと、馴染みのある“ココイチカレー”の味が広がった。お米もふっくらしていて、炊きたてのようだ。


アルファ米は、炊いた米を構造やうまみを損なわないように乾燥させたもの。常温で長期に保存が効き、水分を加えれば元のごはんに戻る。創業者の尾西敏保が太平洋戦争中の1944年に開発。当初は潜水艦などで使用される軍糧食として、戦後は主に登山家や冒険家といった一部の人たちの携行食として使われていた。
地震やコロナ禍が転機に
転機が訪れたのは1995年、阪神・淡路大震災のとき。それまで非常食といえばカンパンが主流だったが、長引く避難生活で「おいしいごはんが食べたい」という声が上がり、非常食の中身が見直されるようになったのだ。
尾西食品も、非常食の開発へと舵(かじ)を切る。1997年には酸素を通しにくいパッケージ素材を使用して、賞味期限を3年から5年へと延ばした。
長引く避難生活でも飽きがこないように、主軸のアルファ米で炊き込みご飯やドライカレーなど新商品を次々と開発。バリエーションを増やすことで、“普段の食事”を意識した。個袋タイプのアルファ米だけで17種類の商品がそろう。また、パンやクッキーなど、アルファ米以外の商品も拡充した。
2011年の東日本大震災では、アレルギー対策が問われた。アレルギーを持つ被災者にも安心して配れるよう、28品目のアレルギー物質(特定原材料等)を使用しないようにし、製品の7割がアレルギー対応商品になっている。ムスリム(イスラム教徒)向けにハラール対応の非常食も開発し、「誰一人として取り残さない非常食」を目指した。


カレーセットも、被災者たちの声から生み出された。「災害時にどんなものが食べたいか」尋ねてみたところ、避難生活が長くなるほど「普段と同じ食事がしたい」という声が多かった。そこで、炊き出しやアウトドアなどでも人気のカレーに注目。被災地で炊き出しの支援を積極的に行っていたココイチとタッグを組むことになった。
さらに「追い風」となったのが、新型コロナウィルスの感染拡大だ。感染者や濃厚接触者となり自宅療養を強いられる人の食料支援にも非常食が使われるようになった。外出や買い物の自粛が言われ、食料備蓄の重要性がクローズアップされる機会にもなった。
調査会社の矢野経済研究所によると、2020年度の国内防災食品市場は、メーカー出荷金額ベースで前年度比11.5%増の258億5400万円にまで拡大。アイリスフーズなどこれまで非常食を取り扱っていなかった企業も参入し始め、競争が激しくなっている。
だが「いろいろな企業が参入してくるのは脅威ではあるけれど、マーケットが広がることは自分たちにとってプラスと捉えている。これからもおいしい非常食を追求していきたい」と尾西食品広報室室長の栗田雅彦さんは意気込みを見せる。
ローリングストックで食品ロス削減も
地震に加え、台風や集中豪雨による大水害が毎年のように多発するようになった日本は、もはや災害大国。災害用の備蓄に対する意識は年々高まっている。しかし、備えてはみたものの、いざというときに賞味期限が切れていたというケースは後を絶たない。未開封の食品廃棄は、食品ロスを増やすことにもなってしまう。
そこで、奨励されているのが「ローリングストック」だ。
ローリングストックとは、普段から災害に備えて、少し多めに食料をストックしておき、日常生活の中で食べたい分だけ買い足しておく方法だ。「備える」→「使う」→「買い足す」をローリングする(回転していく)ことで、災害時の対策をしつつ、無駄をなくす狙いがある。

それでも、「非常食はおいしくない」というイメージを持つ人は少なくなく、なかなか日常生活の中で積極的に食べてもらえないという。そこで尾西食品は、2021年から実際に食べてもらう機会をつくることに力を入れている。
まずは本社のある東京都港区の小中学校を中心に、地域活動として非常食について紹介する防災教室の活動を始めた。これらの活動をホームページで紹介すると、全国の小中高校から「防災教室をやってほしい」と問い合わせが来るようになり、オンラインでも実施するようになった。

2021年12月に都内で行われた小学1〜5年生が対象の防災教室で、児童に非常食を知っているかと尋ねると、半数ほどの子どもが知っていると手を挙げた。だが、ほとんどの子どもが「食べたことはない」と答えた。
実際にカレーライスセットやアルファ米シリーズの赤飯や炊き込みごはんなど数種類の非常食を食べてもらうと、「おいしい!」「こんなに簡単にカレーが食べられるなんて!」「賞味期限が5年もあるなんてびっくり!」などの声が上がったという。
コロナ禍で対面での防災教室が実施しにくい状況ではあるが、「これからの非常食を身近に感じてもらうための活動を続けていきたい」と広報室室長の栗田さんは話す。

ローリングストックの対象に尾西食品の非常食も取り入れてもらうための試みとしては2021年8月、全社員参加による「社員による非常食アルファ米アレンジレシピコンテスト」を開催。料理や栄養学の専門家に審査を依頼し、107点の応募作の中から選ばれた上位3点のアイデアメニューのレシピを自社のホームページで紹介している。

最低1週間分の備えを
朝日新聞が2021年、beモニターを対象に行った「非常食を備蓄していますか?」というアンケートによると、8割の人が「用意している」と答えている。それに応えるべく、尾西食品は個人向けの販売を強化。ネット販売をはじめ、スーパーや量販店の防災グッズコーナーに商品を置いてもらう営業を続けている。
5年ほど前までは自治体や企業向けが売り上げのほとんどを占めていたが、今では一般家庭向けが約3分の1を占めるまでになっているという。
今後も、主流商品のアルファ米とおかずをセットにした商品や、非常食に不足しがちなビタミンやタンパク質が入った商品の開発を予定している。また、2022年4月から非常食では初となる再生プラスチックを10%以上使ったエコマーク認定のパッケージに切り替えるなど、全体としてSDGs達成の取り組みを強化した。
東京都では、大規模災害の際は発生時から3日間は自宅や職場にとどまり、自力で生活できるように備蓄を促している。2011年の東日本大震災では交通機能が停止し、多くの帰宅困難者が発生した。復旧の見通しが立たないなか多くの人が帰宅を開始すると、2次災害の危険性が増すだけではなく、災害発生後に優先して行わなくてはいけない救助・救援活動などに支障が生じる可能性があるからだ。
また内閣府は、非常に広い地域に甚大な被害が及ぶ可能性のある南海トラフ巨大地震に備え、1週間以上の備蓄が望ましいと防災情報ページで呼びかけている。1週間分の非常食をストックしておくとなると急にハードルが上がるように思いがちだが、普段から少し多めに食材を買い足しローリングストックを習慣づけてみてはどうだろう。
食事は体だけではなく、心も満たしてくれる。辛い災害時でも普段と変わらない食事を。災害大国だからこそ、おいしい非常食を追求したい。

「教育」「生き方」をテーマに多数の媒体で取材執筆。ライターをしながら、“古き良きものは使って残す”をコンセプトに、祖父が残した築96年の古民家(登録有形文化財)でレンタルスペースと写真室を運営している。