SDGs ACTION!

なぜ今、企業は改めて人権問題を考えなければならないのか 金融・経済から見えるSDGsのトレンド【5】

なぜ今、企業は改めて人権問題を考えなければならないのか 金融・経済から見えるSDGsのトレンド【5】
Getty Images
大和総研/太田珠美

太田珠美さん
太田珠美(おおた・たまみ)
大和総研 金融調査部SDGsコンサルティング室長 主任研究員。2003年大和証券入社。リテール営業や企画部門を経て、2010年に大和総研に転籍、日本株式市場やコーポレートファイナンス関連のリサーチ業務に従事。2019年から現職。東京工業大学非常勤講師も務める。公益法人協会「ESG投資研究会」委員、日本証券業協会「カーボンニュートラル実現に向けた証券業界に対するアドバイザリーボード」メンバー。

SDGs達成に欠かせない「ビジネスと人権」

今回は「ビジネスと人権」をテーマに取り上げる。

SDGsは理念として誰一人取り残さないことを掲げており、すべての人の人権が尊重される世界の実現を目指している。SDGsの17目標のうち目標8の「働きがいも 経済成長も」には「若者や障害者を含むすべての男性及び女性の、完全かつ生産的な雇用及び働きがいのある人間らしい仕事、ならびに同一労働同一賃金を達成する」「強制労働を根絶し、現代の奴隷制、人身売買を終わらせるための緊急かつ効果的な措置の実施、最悪な形態の児童労働の禁止及び撲滅を確保する。2025年までに児童兵士の募集と使用を含むあらゆる形態の児童労働を撲滅する」など、労働者の人権に関するターゲットが掲げられている。

目標8アイコン

SDGsの原文の中には17目標以外にも様々な記載があり、「実施手段とグローバル・パートナーシップ」という項目では民間企業活動について、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」や「児童の権利に関する条約」、国際労働機関(ILO)の労働基準などを始めとする労働者の権利や、環境および保健に関する国際的な枠組みの順守を求めている(外務省「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための 2030 アジェンダ 仮訳」)。

企業による人権侵害は国内外で度々問題になる。身近なところではパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントが挙げられ、男女の昇進や賃金格差なども日本の課題として指摘されることが多い。

海外では児童労働や強制労働(暴行や脅迫などによって労働者の意思に反して労働を強制すること)への関心が特に高まっており、最近では中国の新疆ウイグル自治区での強制労働を懸念し、米国が同地域で製造された綿やトマト製品の輸入に規制をかけたことが記憶に新しい。強制労働というと海外の問題と捉えられがちだが、日本でも技能実習制度を利用して働く外国人技能実習生に、強制労働に該当し得るケースが指摘されている。

企業に求められる実質的な取り組み

最近では企業に対し、自社だけでなくサプライチェーンを含めた人権への配慮を求め、人権デュー・ディリジェンス(以下人権DD、詳細は後述)の実施を促す声が強まっている。

一つの大きなきっかけは、国連の人権理事会が2011年に「ビジネスと人権に関する指導原則」を承認したことだろう。同指導原則は「人権を保護する国家の義務」と「人権を尊重する企業の責任」を明確にするとともに、人権侵害が発生した場合の「救済措置へのアクセス」の確立を国や企業に要請しており、企業には人権DDの実施を求めている。

図表 各国の「ビジネスと人権に関する行動計画」の策定状況

2013年 英国、オランダ
2014年 デンマーク、フィンランド
2015年 リトアニア、スウェーデン、ノルウェー、コロンビア
2016年 スイス、イタリア、米国、ドイツ
2017年 フランス、ポーランド、スペイン、ベルギー、チリ、チェコ、アイルランド
2018年 ルクセンブルク、スロベニア
2019年 ケニア、タイ
2020年 日本
2021年 ウガンダ、パキスタン

(注)ジョージア、韓国、メキシコは「ビジネスと人権」に特化した行動計画は策定していないが、国全体の人権行動計画の中に「ビジネスと人権」を盛り込んでいる。
(出所)国連人権高等弁務官事務所ウェブサイトより大和総研作成

人権DDは、企業が抱える人権リスクを特定し、対応の優先順位を付けるとともに予防・軽減の措置を講じ、何か問題が起きた場合は対処および是正などを行う一連の取り組みを指す。デュー・ディリジェンス(due diligence)というワードは適切に評価することを意味し、例えばM&A(企業合併・買収)では買収先企業の財務状況や様々なリスクなどを調査することをデュー・ディリジェンスと言うが、人権DDは調査にとどまらず対応まで含むものである。

国・地域によっては人権DDを法制化する動きも進んでいる。英国は2015年に現代奴隷法を制定しており、一定規模以上の企業に対し、サプライチェーンにおける奴隷労働や人身取引の防止に関する開示を義務付けた。同様の法律は2018年にオーストラリアでも導入されている。フランスは2017年に企業注意義務法を制定し、一定規模以上の企業に対し人権DDを義務化した。欧州連合(EU)では域内各国の動きを受け、域内の人権DD義務化に向けた検討を進めている。

日本で人権DDを義務化する動きは見られないが、経済産業省が「サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン検討会」を立ち上げており、企業向けのガイドライン策定に向け議論を重ねている。ガイドラインには人権DDについても盛り込まれる見込みである。

経済産業省および外務省が東証一部・二部上場企業を対象に実施した調査によれば、人権方針を策定している企業は約7割あるものの、人権DDを実施している企業は約5割にとどまる(経済産業省・外務省「『日本企業のサプライチェーンにおける人権に関する取組状況のアンケート調査』集計結果」 2021年11月)。人権DDを実施している企業であっても、海外サプライチェーンの直接仕入れ先まで対象としている企業はさらにその半分(間接仕入れ先まで対象にしている企業になると4分の1)で、児童労働や強制労働が特に途上国で起きやすい状況に鑑みれば、潜在的な人権リスクを把握できていない企業は多いのではないか。

一般的にこうした取り組みは大手企業の方が進んでいることから、中堅・中小企業も含めた日本全体の取り組みということになると、今後の改善余地は大きそうだ。

また、最近はESG投資が広がり、人権への取り組みが機関投資家の投資判断材料の一つになっている。サプライチェーン全体の人権リスクを把握できていない企業、対応できていない企業は、投資家からも厳しく評価される可能性がある。

ロシアのウクライナ侵攻と企業の人権対応

最後に、ロシアのウクライナ侵攻について触れておきたい。2022年2月にロシアがウクライナに侵攻して以降、多くの外資系企業がロシアから事業を撤退、停止もしくは縮小している。米イエール大学の調査によれば、本稿執筆時点でその数は1000を超えた(Yale SCHOOL OF MANAGEMENT “Almost 1,000 Companies Have Curtailed Operations in Russia—But Some Remain” 2022年5月16日アクセス)。各国が様々な経済制裁・金融制裁を強める中、外資系企業がロシアで事業を継続することは実質的に難しくなっている。

一時閉店中のモスクワのマクドナルド店舗
2022年4月、一時閉店中のモスクワのマクドナルドの店舗。米マクドナルドは5月16日、ロシア事業の売却を発表した(撮影・朝日新聞)

ロシアからの事業撤退や停止、縮小を打ち出す企業の中には、戦争において起きる人権侵害に対する懸念に言及する企業も少なくない。戦争や紛争において民間人や民間施設を攻撃することは国際法上禁止されているが、現実には病院や学校などが標的となり、多くの一般市民が被害にあう。多くの難民も生まれる。

こうしたことから、例えば、米ウォルト・ディズニーは侵攻が始まった直後に人道危機に対する懸念を示し、ロシアにおける映画の公開を停止した後、それ以外の事業もすべて停止することを決定した(Walt Disney Company “Statement from The Walt Disney Company in Response to the Crisis in Ukraine” 2022年2月28日、“Statement From The Walt Disney Company In Response To The Ongoing Crisis In Ukraine” 2022年3月10日)。

セイコーエプソンも行動原則の一つに人権の尊重を掲げていることから、ロシア、ベラルーシとの取引を原則停止することを公表した(セイコーエプソン「ウクライナ情勢に関する対応について」 2022年3月9日)。戦争や紛争を起こしている主体を直接・間接的に支援する可能性があるビジネスを行わないという選択である。

企業によっては、ロシア国民の人権に配慮し、生活に必要な最低限のビジネスを継続している外資系企業も存在する。例えばスイスに本社を置くネスレは、ロシアでキットカットやネスクイック(チョコレート味の飲料)などの販売は停止する一方、最低限必要とされる食品(離乳食や病院食など)の提供は続けることを選択した。併せて、同社はロシアの事業で利益を上げるつもりはなく、税金を支払う予定もないこと、利益が出た場合は人道的支援に寄付することも明らかにしている(Nestlé “Update on Russia and Ukraine” 2022年3月23日)。

各社難しい判断を迫られているが、自社のビジネスが人権に与える影響を分析し、自社の人権方針やステークホルダーの期待なども踏まえながら対応している状況だ。

事前にロシアのウクライナへの侵攻を予想できていた企業は多くないだろう。企業が直面する人権問題は、突発的に生じることもある。ロシアのケースは日本企業が直面する人権問題の中では特殊な事例かもしれない。しかし、どのような形の人権侵害も完全に防止することはできず、いつどこで顕在化するかわからない。

重要なのは、可能な限り予防策を取りつつも、問題が発生した場合は人権を侵害された側に対して速やかな救済措置をとり、再発防止策を講じることだろう。特に海外のサプライチェーンに関しては問題が発生していることを早期に検知することが難しい場合もあるだろう。外部のNPOなどとも連携し、人権に関する問題が生じた場合に早期に発見する体制、救済できる体制を検討していくことが重要ではないか。

この記事をシェア
関連記事