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健康と幸せと福祉 すべてを包み込む概念 前野隆司・慶応大教授が語る「ウェルビーイング」の原点

健康と幸せと福祉 すべてを包み込む概念 前野隆司・慶応大教授が語る「ウェルビーイング」の原点
慶応義塾大学教授/前野隆司

ポストSDGsとも言われる「ウェルビーイング」。外来語であり、よくわからないとの声も少なくありませんが、よく考えると東洋思想に本来あった価値観です。ウェルビーイング研究の第一人者である前野隆司・慶応義塾大教授が解説します。(聞き手 編集部・田之畑仁、撮影 末松学史)

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前野隆司(まえの・たかし)
慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授、同大学ウェルビーイングリサーチセンター長。博士(工学)。キヤノンなどを経て現職。幸福学、幸福経営学、イノベーションの研究・教育を行っている。著書に『ディストピア禍の新・幸福論』『ウェルビーイング』『幸せな職場の経営学』『脳はなぜ「心」を作ったのか』など多数。

半世紀以上前にWHOで定義

――現在、ウェルビーイングという言葉を聞いて思い浮かぶイメージは、人によって異なります。前野さんが考えるウェルビーイングとは、どういうものでしょうか。

確かに、様々な方が様々な解釈をされているのは事実ですが、私は明確に定義されていると思います。

1946年にWHO(世界保健機関)が定めた「世界保健機関憲章前文」では健康の定義を広義にとらえ、「健康とは身体的・精神的・社会的に良好な状態である」(Health is a state of complete physical, mental and social well-being)とうたっています。この「良好な状態」と訳された部分がwell-beingです。最近は「満ち足りた状態」とも訳されますが、要するに「良い状態」という意味です。

身体的に良好な状態が「(狭義の)健康」、心が満ち足りて良好な状態は「幸せ」、社会を良好な状態にするための活動が「福祉」ですから、例えばwell-beingを英和辞典で引くと「健康、幸せ、福祉」と訳されているわけです。

――狭義の「健康」とは異なる意味合いをもつのですね。

はい、ウェルビーイングは、(狭義の)健康と幸せと福祉、すべてを包み込む概念です。

言葉というのは個別化される傾向があり、「(狭義の)健康」は身体的な状態を指すものととらえられ、心の健康である「幸せ」については忘れられがちです。

これは「福祉」についても同様です。「福祉」という言葉の本来の意味は「すべての人の幸福」なのでウェルビーイングそのものなのですが、やはり社会的な意味合いに特化した形で使われることが多いでしょう。

それらを全部包み込んだもの、すなわち健康で幸せで福祉も整った社会、個人も社会も良い状態であることが、ウェルビーイングです。

ただ、使われる場所や環境によって健康、幸せ、福祉の濃淡が微妙に変遷しているのも事実です。

例えば韓国では、ウェルビーイングはハングル2文字で書かれ、「ウェル・ビン」という感じに近い発音をする流れが2000年ぐらいから広がっています。健康に気をつける人のことを指す「ウェル・ビン族」という言葉も流行し、「健康」に近い意味で定着しています。

日本ではここ5年ぐらいで「幸せ」に近い意味で使われるようになりました。

学界では、1946年以降ずっと使われてきた普通の言葉ですが、分野によってやはり微妙な違いはあったようです。

医学系の人は「健康」という意味で使うため、医学系の学会では「健康」と訳されてきました。心理学系の学会では「幸せ」、福祉系の学会では「福祉」といった具合です。

ですが原点に戻って考えれば、ウェルビーイングがもっと包括的な概念であることは間違いありません。日本語でちょうどいい言葉がないので、カタカナで「ウェルビーイング」と書いてそのまま呼ばれたり、三つに分けて訳されたりしているだけなのです。

前野隆司さん

国内普及のきっかけは「健康経営」

――ウェルビーイングがここ数年、急に注目を浴びるようになったのはなぜですか。

健康や福祉の研究はずっと古くからありましたが、「主観的ウェルビーイング」や「サブジェクティブ・ウェルビーイング(主観的幸福研究)」と呼ばれる心理学研究が、2000年代を過ぎてから急に増え始めました。

これは「どういう人が幸せか」という研究で、「創造性が高い人は幸せ」「幸せな人は生産性が高く、創造性が高く、長寿である」「親切な人は幸せ」といった、ちょっと意外に思えるようなものも含めていろいろな研究結果が出てくるようになりました。

そうした研究の成果が、ちょうど世の中のニーズとして浮上した働き方改革や健康経営といった文脈で使われるようになり、ウェルビーイングという言葉があちこちで聞かれるようになりました。

――「健康経営」は、経済産業省も積極的に使っています。

そうですね。ただ、健康経営は「ヘルス(health)」という言葉を使っていて、「ウェルビーイング・マネジメント」とは言われていません。働き方改革も、当初はウェルビーイングとは結びつけられていませんでした。どちらも、「もっと広い概念で進めるべきじゃないか」という議論のなかで本来のウェルビーイング概念に到達したという面があります。

正確に言うと、健康経営についての議論が始まったとき、各省庁は「健康」を最初から広い意味でとらえていたと思います。やりがいを持って働くことやつながりを持って働くこと、すなわち「幸せ」も含むものとして扱われていました。

ただ、文言はそうでも具体的な手法は「体の健康に気をつけましょう」となりがちだった。最近は、やはりそこをもっと見直そうという動きになっています。

もともとは東洋思想にも

――日本人としてはそう違和感のない考え方のようにも思いますが。

そうですね。仏教に「心身一如」という言葉があるように、東洋ではもともと「心と体は一体である」という考え方があります。一方で、西洋は心と体を区別し、「健康」と「幸せ」を分けて考えていました。

ところが、健康や幸せについて研究を進めると、やっぱり健康な人が幸せだということがわかってきた。だから「健康」と「幸せ」は統合して「ウェルビーイング」として考えた方がいいね、という概念は、西洋から始まったわけです。

ですから、当初はウェルビーイングという耳慣れない言葉として入ってきたわけですが、「あれ? それって本当は日本にも前からあったのにね」ということに日本人が気づいた、という面はあります。

よくあることですよね。本来、日本にあったのに日本人が忘れかけていたもの、例えば「マインドフルネス」などがそうですが、そういったものがあらためて外からやってくるというケースです。今、ウェルビーイングが注目されているのも、そのパターンのような感じがします。

私自身は、カタカナとして輸入されたから流行する、ということに違和感があります。そもそも幸せな人って、健康で、福祉も行き届いているという場合が多いですよね。ですから、「幸せ」という概念が「ウェルビーイング」とイコールでもよかったのに、と思うんです。

では、なぜ別の概念としてとらえられることになったか。たぶん「幸せ」という言葉に、多くの人が「宗教」のような別のカテゴリーのものを感じてしまうという背景があるからではないでしょうか。

「マインドフルネス」も同じです。「座禅」「瞑想(めいそう)」と聞くと宗教色が強くなりすぎて、人によってはなんとなく敬遠するという面がある。

「ウェルビーイング」「マインドフルネス」というふうにカタカナになると、あまり宗教色は感じられず、むしろ何か新しい概念が入ってきたみたいな感じがするので、そこに飛びついているという面があるように感じます。

――外来語として受け入れるほうが都合よかったということですね。英語圏ではどうなのでしょう。

ウェルビーイングの「ウェル」は単純に「よい」という意味で、「ビーイング」は「あり方」ですね。だからアメリカ英語の感覚としては、ものすごく単純に「まあいい感じ」というニュアンスの「いい状態」という意味合いがもともと定着しています。

だから「健康と幸せと福祉を足した感じ」という概念が、子どものころから理解できていると思います。少なくとも、英語を母国語とする人は、「ウェルビーイング」という言葉を、「まあいい感じ」という概念としてすんなりと受け入れている。特殊な単語ではなく、聞き慣れた普通に使われる言葉です。

あえて言えば、ちょっと学術用語的なニュアンスはあるかと思います。日本語でいうと例えば「良好な状態を享受する」のような、ちょっと硬い表現という印象です。

前野隆司さん

――日本で定着するでしょうか。

そのまま外来語、カタカナとして使われていくのではないでしょうか。「コミュニケーション」という言葉をあえて「会話」などと訳す必要がないのと同じです。

福沢諭吉が活躍していたような時代には、「経済」などの訳語が生み出されていきましたが、今はカタカナ英語がそのまま使われる時代になりました。広まって一般用語になると、誰も違和感は持たなくなります。たぶん今後は、ウェルビーイングもそうなっていくのではないでしょうか。

おもしろいのは、ウェルビーイングを省略した「ウェルビー」という言葉も見かけるようになったことです。ある雑誌では「ウェルビー女子」といった表現がされていました。日本語としてさらに進化する可能性もあるかな、と思っています。


SDGs ACTION!では、ウェルビーイングをテーマに、Zoomによるウェビナーを開催します。前野隆司さんにも登壇いただく予定です。参加無料。ぜひお申し込みください。

SDGs ACTION! LIVE「ウェルビーイング産業の可能性」

【日時】 2022年10月13日(木)14:30~16:00

【会場】 Zoom開催(お申し込みをいただいた方に別途ご案内いたします)

【登壇者】
前野隆司・慶応義塾大学教授
藤田康人・株式会社インテグレート代表取締役社長

【内容】
講演(前野隆司さん) 「ウェルビーイングの重要性について」
講演(藤田康人さん) 「ウェルビーイング産業の潮流」
対談 「ウェルビーイング産業の可能性とこれから」
ファシリテーター 高橋万見子・SDGs ACTION!編集長

田之畑仁
田之畑仁 ( たのはた ・ひとし )
朝日新聞総合プロデュース本部主査。大阪府出身。商社勤務を経て1998年朝日新聞社入社。科学医療部(東京・大阪)、医療サイト「アピタル」編集部、デジタル編集部、北海道報道センターなどの勤務を経て、2020年4月から現職。
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