「最高でかっこいい」知的障害のある人たちのアートが示すウェルビーイングな世界 ヘラルボニー創業者兄弟に聞く

ベンチャー企業・ヘラルボニーは、知的障害のある作家のアートをとりいれた商品などの企画や販売を手がける。創業から4年、独創的な色づかいや造形が印象的な数々の作品が雑貨に、ホテルの内装に、街中にと、さまざまな形で広がっている。どんな思いやビジョンで事業に取り組んでいるのか、創業者で双子の兄の松田文登さん(副社長)と弟の崇弥さん(社長)に聞いた。(聞き手・副編集長 竹山栄太郎)
株式会社ヘラルボニー
本社・盛岡市。2018年に双子の松田文登さん、崇弥さんが設立。「異彩を、放て。」をミッションに掲げる「福祉実験ユニット」として、知的障害のある作家が描いたアート作品の販売などを手がけ、丸井グループなど大手企業とコラボレーションしている。社名は、創業者2人の重度の知的障害をともなう自閉症のある兄、翔太さんが小学生のとき自由帳に記した謎の言葉に由来するという。
松田文登(まつだ・ふみと)
1991年岩手県生まれ。双子の兄。東北学院大学卒業後、ゼネコン会社タカヤを経てヘラルボニーを設立。副社長を務め、営業を統括する。岩手県在住。
松田崇弥(まつだ・たかや)
1991年岩手県生まれ。双子の弟。東北芸術工科大学卒業後、企画会社オレンジ・アンド・パートナーズを経てヘラルボニーを設立。社長を努め、クリエーティブを統括する。東京都在住。
作品データをモノ、コト、場所に
――創業の経緯を教えてください。
松田崇弥社長 私たち双子の4歳上の兄貴が重度の知的障害をともなう自閉症だった影響で、もともと知的障害に関わるような仕事をしたいと思っていました。東京の企画会社で働いていたころ、知的障害のある人のアートを展示する「るんびにい美術館」(岩手県花巻市)を見に行き、「すごくかっこいいな」と大きな衝撃を受けたんです。そこですぐ文登に、「知的障害のある人のデザインを軸にしたブランドができないだろうか」と提案しました。
仲間も加えて1年半ほど副業として取り組むうちに、「自分の人生をかけて、知的障害のある人へのイメージを変えていきたい」と思うようになりました。文登を説得し、2人でヘラルボニーを立ち上げました。

――どんな事業を展開しているのですか。
松田文登副社長 知的障害のある作家とライセンス契約を結んでアート作品のデータをお預かりし、そのデータをさまざまなモノ、コト、場所に落とし込んでいます。また、作品を使った雑貨や衣類を消費者向けに販売したり、ギャラリーを運営したりもしています。
現在、契約している作家は全国で約150人。商品の販売価格の一部が作家の手元に入ります。障害のある人たちが、就労継続支援B型事業所で得られるお金(工賃)は月1万5000~6000円、年収にして20万円ほどです。一方、私たちの契約作家のなかには確定申告をするほどの収入を得ている人もいます。

「障害=福祉=安い」からの脱却
――障害というと、行政やNPOが携わる分野で、ビジネスとして成り立ちにくいイメージがあります。
文登 「障害=福祉=安い」。そう連想されがちなのは事実です。私たちはそんな価値観を変え、可能性を広げていきたいと考えています。最初に手がけたのはネクタイで、老舗の紳士洋品店「銀座田屋」に製作してもらいました。シルクの織りでアートを表現し、間違いないクオリティーで、どこに出しても恥ずかしくないものをつくったのです。


自閉症の兄が書いた「謎の言葉」
――社名の由来は何ですか。
崇弥 大学時代、「大切なもの」を題材にした作品をつくることになり、実家で兄貴のことを調べていたんです。そのとき、押し入れの中にあった兄貴の子どものころの自由帳に、「ヘラルボニー」という言葉が繰り返し書かれているのを見つけました。母親に聞いても「なんだろうね」という答えで、兄貴に聞いてももちろん「わかんない」。謎の言葉があったことが印象に残っていました。
数年後、会社をつくることになり、「ヘラルボニー」って言葉があったな、とひらめいて発表しました。文登には「ダサいからやめたほうがいい」と反対されましたが、ほかの仲間は賛成してくれたので、押し切ってヘラルボニーという社名にしました。
文登 当時は「なんとか戦隊ヘラルボニー」みたいなポップな響きに聞こえて、かっこよくないなと思ったんです。でも、今となればいい言葉です。
――知的障害のある人の家族として、感じてきたことを教えてください。
崇弥 兄貴は私たちが生まれたときからいて、普通に当たり前に、日々を過ごしてきました。私が弟だけど、兄貴的な立ち位置でもあり、いまも一緒に温泉に行けば兄貴の髪を洗います。不思議な兄弟関係なんですけど、愛情を持っています。でも、子どものころは、親戚のおじさんに「お前たち双子は兄貴のぶんまで一生懸命生きるんだ」と言われたり、兄貴がバカにされている場面を見たりもしました。障害のある人がかわいそうだと思われたり、バカにされたりすることへの違和感をずっと持ってきました。
文登 両親が、重度の障害がある人たちの団体にいくつか入っていて、私も小学校3年生ぐらいまで週末は一緒に通っていました。いろんな障害のある人がいて、私自身はその人たちと一人の人として接していました。でも大きくなるにつれて、崇弥が言ったように障害のある人をバカにする人たちも周りに出てきて、「自分たちの生きてきた世界は当たり前ではないんだ」と気づき始めました。障害のある人と一緒にいることが普通になればいいな、と思ってきました。
あえて挑む「非効率なプロセス」
――当初から、ビジネスとして成功する確信があったのですか。
崇弥 全くありません。特に副業としてやっていたときは、売れる売れないは二の次の、仲間とのお楽しみプロジェクトといった感じでした。でも、当時から「誰が見ても本当に最高でかっこいいもの、という価値観を提示したい」という点は大事にしていました。最初のころはスタートアップの「ス」の字もわからず、「資金調達って?」みたいな状態でした。普通に大企業に飛び込んでも相手にしてもらえなかったので、アクセラレーションプログラム(大企業がスタートアップなどを対象に協業相手を募るプログラム)を活用しました。
文登 アクセラレーションプログラムを受けた数はどこにも負けなかったと思います。双子なので、他社の2倍受けられるんです。崇弥は東京、私が東北と分担し、壁打ち(対話を通じたビジネスアイデアの整理)をしていくなかで、事業を磨いていきました。
――契約作家にはどんなかたがいるのですか。
崇弥 例えばこの冬、高級ホテル「ハイアットセントリック銀座東京」のクリスマスツリーのデザインにアートが起用された作家の岡部志士さんは、四角い紙に、クレヨンを使って横のストローク(線を引くような描き方)で作品を描いていきます。クレヨンが均等に減るように描くのがこだわりで、クレヨンから出たカスを集めて「コロイチ」と呼ぶ団子をつくるんです。カスが足りないぶんは作品から爪で削り取って集めるので、作品にはその跡もあります。本人にとってはコロイチをつくるのが目的で、その副産物が作品なんです。



文登 私が紹介する森啓輔さんは、三重県の施設に所属し、レコードジャケットをモチーフに作品を描いています。音楽が大好きな施設長さんの影響で、施設にあるレコードのジャケットを描くようになったそうです。色彩で描く、非常におもしろいアーティストです。



――作家とはどう向き合っているのでしょうか。
文登 作品の利用について作家本人や福祉施設にちゃんと確認をとることを大切にしています。商品などにする際、企業に2週間待ってもらうプロセスがあるんです。それによって納期が遅れるといった影響もありますが、あえて非効率に思えるプロセスをはさみ、株式会社として成功させることに意味があると私は強く思っています。
知的障害がある人は言葉のコミュニケーションが難しいとか、理解できるのかと言い出すと、そこで話が終わってしまいます。そうではなく、「もしかしたら伝わるかもしれない」「伝えていくんだ」という姿勢が大切です。「作品を使ってもらえれば本人も喜ぶよね」「障害のある人たちのためにやっているんだよ」。そんな思い込みは危険です。本人にとってどうなのか、ということを一番に追求しています。

障害は欠落ではない 支援から尊敬へ
――今後のビジョンを教えてください。
崇弥 ヘラルボニーはそもそもアートをやるための会社ではなく、新しい価値観をつくる会社でありたい。「障害は欠落ではない」ということを当たり前にしていきたいです。
文登 私たちはまずは「異彩」に着目していますが、最終的には飛び抜けた個性がなくても「存在していること自体に意味がある」と言い切れる必要があると思っています。「障害者は仕事ができない=お金がかかる=負債」という価値観を覆していきたいのです。


――障害のある人にとってのウェルビーイングを実現していくには、何をクリアしたらいいでしょうか。
文登 ウェルビーイングとは、誰にでも挑戦権のある状態かなと思います。そのとき大事なのは「目線」です。障害があるから怖いとか、遮断してしまうということをやめ、互いを知ろうとしていくことがカギになるのではないでしょうか。
崇弥 私は、「特別支援学校」「就労支援施設」というように、障害がある人たちには支援が必要だという考え方そのものがウェルビーイングではないと思っています。必要なのは「尊敬」です。私の兄貴が10分に1回「サンネー」と叫ぶとか、岡部さんが「コロイチ」をつくるといったことは、いまの資本主義社会なら「意味がわかんない」「生産性がない」とバカにされるかもしれない。AIが発展してもその理由を答えるのは難しいでしょう。そんな「わかんない」という人間の神秘さが尊敬される世の中になれば、兄貴にとっても生きやすくなると思います。

――おふたりは、現在応募受け付け中のウェルビーイングアワードの審査員を務めます。アワードへの期待を聞かせてください。
文登 ウェルビーイングの取り組みが公的な形で評価されるようになることで、いい影響があると思います。企業が収益性だけではなく幸福も追うようにアップデートすれば、日本全体がよりよくなるのではないでしょうか。権威のあるアワードに育つことを期待しています。
崇弥 幸福にはいろいろな形があるので、優劣をつけるのは難易度が高いし、それが正しいことなのだろうかとも思います。一方でアワードは、「え、こんなやり方あり?」と人々に思われている新しい幸福の形に対して、「ありなんです!」と言える大きなチャンスです。社会の「あり」の価値観を広げるきっかけになればいいですね。


朝日新聞SDGs ACTION!副編集長。2009年に朝日新聞社入社。京都、高知の両総局を経て、東京・名古屋の経済部で通信、自動車、小売りなどの企業を取材。2021年にSDGs ACTION!編集部に加わり、2022年11月から副編集長。
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