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2010鳩山政権

核持ち込みは「密約でない」 外務省有識者委が認定方針

2010年2月28日0時55分

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 日米の核持ち込み密約をめぐり、外務省の調査を検証する有識者委員会が、日米両政府の対応を「密約とは言えない」とする一方、密約の根拠とされてきた文書の解釈の違いを意図的に放置することで「暗黙の合意(了解)」があったと認定する方針であることが26日わかった。核を積んだ米艦船の寄港・通過は核「持ち込み」に当たらないとの米側解釈を、日本側が事実上受け入れていたと示唆するものだ。

 外務省と有識者委は3月に日米の四つの密約をめぐる調査・検証結果を公表する予定で、報告書の文言の最終調整に入っている。

 核密約の根拠とされてきた文書は、1960年の日米安保条約改定時に導入された核兵器持ち込みなどに必要な事前協議制度をめぐる「討議記録」。事前協議は米艦船の寄港・通過などの手続きに影響を与えない、とのくだりが米側解釈の根拠とされてきた。だが、当時の交渉時に日本側がこうした米側の解釈に気づいていたとの記録は見つからなかったことから、有識者委はこのくだりがあることだけをもって密約と認定することはできないと結論づけた。

 有識者委は一方で、50年代以降から米国の戦術核の開発が進み、実戦配備も始まった米軍を取り巻く軍事情勢に注目。関係者の証言や関連文書から、米側と解釈をすり合わせたそのものの記録はないが、解釈が違うことについては「60年の交渉時から暗黙の合意(了解)が作られつつあった」とみている。

 持ち込みをめぐる日米の解釈の違いは、日本側が国会答弁で「核弾頭を持った船は、日本に寄港はしてもらわない」(63年3月、池田勇人首相)などとしたことで米側の注意を引いた。63年4月にライシャワー駐日米大使が大平正芳外相(いずれも当時)に解釈のずれをただしたことや、68年にも米側解釈を伝えたことが分かっている。

 こうしたことから、外務省は「63年から米側解釈の不一致を認識したと言えるが、68年に政府として確実に把握して以降も放置した」としているものの、米側との合意はなかったとして、米側解釈は受け入れていないとの立場だ。(倉重奈苗)

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