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〈修復の行方:4〉対自民 高い目標、足元で迷走

2007年07月02日

 「強行採決ばかりの自民党の横暴を、許すことはできない」

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岡田克也・民主党副代表(右)の応援演説を受ける平田健二氏。公認まで曲折もあった=岐阜市で

 6月28日、岐阜市の名鉄岐阜駅前。平田健二氏は拳を突き上げ、安倍政権を批判した。隣に陣取るのは岡田克也・民主党副代表。「参院民主党をリーダーとして引っ張っている」と、平田氏を持ち上げた。

 ゼンセン同盟県支部長だった平田氏は95年、新進党の公認と、当時の「公明」の推薦を受けて初当選。社会党の現職らを破り、県内に「政界再編」の風穴を開けた。民主党に移って再選後、05年9月から党参院国対委員長を務め、「偽メール問題」でも奔走した。

 年金記録問題を追い風に、平田氏の今回の目標は、前回得票より約11万5000票多い40万票。民主党県連の園田康博代表は「目標はトップ当選」とげきを飛ばす。

 だが、県内の党勢は決して盤石ではない。

 岡田氏は同市での国政報告会で「岐阜で話題というとNさん(野田聖子氏)とSさん(佐藤ゆかり氏)の話ばかり。その谷間に埋もれてしまっているんじゃないか」と、活を入れた。

   ■  ■

 「予備選挙による候補者選考は、間違っていたと思うか」

 昨年8月下旬のある夜、大垣市の事務所で、県2区総支部の小嶋昭次郎代表代行(53)と、園田代表が向き合っていた。

 「上司(党本部)に言われて、仕方なくか」。園田氏が認めた。小嶋氏は「よけい情けなくなった」と振り返る。

 参院選候補の1次公認に向け、県連に名乗りを上げたのは、平田氏と小嶋氏。県連は幹部による「予備選挙」なども検討してきた。だが昨年6月下旬、党本部が突然、「選考は本部に一任を」と指示してきた。

 2区総支部から、不破照子県議(当時)らが党本部に説明を求めに行ったが、「現職を交代させる特段の理由が見あたらない」とあいまいな回答。本部主導で2人とも公認申請しようとする県連に対し、怒った小嶋氏は7月末にいったん離党願を出し、選考を白紙に戻すとして慰留された。

 結局、県連は8月末、2人を公認申請する方針を決めたが、小嶋氏は反発して今度は離党届を出し、平田氏が公認された。

 2区総支部では、離党者が相次ぎ、昨年5月末に110人いた党員は、1年後に9人に。園田代表が支部の「暫定総支部長」を務め、ほかの役員ポストは埋まらない。離党した幹部は「本部は地域重視と言いながら、どうやって地方の声を反映させるのか。みんな、熱が冷めてしまった」と言う。

   ■  ■

 党からは、本部の鉢呂吉雄選対委員長らが相次いで小嶋氏に謝罪。無所属で立候補を目指した小嶋氏は、自民党が藤井孝男氏を「実質的な公認」として候補一本化した情勢を見て、5月に立候補断念を決めた。

 公示日が迫った6月24日、他の地区に大きく遅れ、平田陣営の2区選対が立ち上がった。小嶋氏は連合岐阜西濃地協の要請を受け、「問題に終止符を打ちたい。政策が違ってしまったわけではない」と、選対本部長に就いた。離党騒ぎは、ひとまず融和に動き出した。

 一方の平田氏は「候補者の公認、推薦は党本部が決定する。2人とも公認申請するのが筋だ」としながら、「属人的なものではなく、政策を選ぶ選挙。有権者には政策を通じて理解を得られるはずだ」と話す。

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