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〈修復の行方:番外〉野田聖子衆院議員インタビュー

2007年07月09日

 05年衆院選で郵政造反組として無所属で戦い、岐阜1区で勝ち残った野田聖子氏(46)は、昨年12月に自民に復党を果たした。しかし「次の1区」に向け、佐藤ゆかり氏(45)との公認問題を抱える。佐藤氏に続き、参院選を前にした心境などを聞いた。

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インタビューに答える野田聖子氏=岐阜市の事務所で

 ――年金問題など与党への逆風が続いている。

 「選挙前に与党が守りに入るのは普通。6年前の参院選は、小泉さんという独特のキャラクターがいたが、今回はノーマルと言える」

 ――小泉前首相と安倍首相の違いは何か。

 「キャリアだ。小泉さんは権力闘争を生き抜いた『長老』だったから、大じゅうと、小じゅうとがいなかった。閣僚も全員自分で選んだ。安倍さんにはそれがないから、閣僚もすぐに替えられない。ライオンヘアなどメディア受けすることが長期政権の秘密じゃないと、小泉さん自身が、私に語ったことがある」

 ――自民党は藤井孝男氏に推薦を出した。

 「ぜいたく言えば、党籍を戻して戦わせてもらえればよかった。県都・岐阜市は産廃問題や道路整備、駅前再開発など課題がある。私も窓口になるが、藤井さんには、かつてのような剛腕を発揮してもらいたい」

 ――野田氏は自民党を離れ、1年余り、無所属の立場を味わった。

 「望む委員会に入れなかったし、不当な差別も受けた。選挙で応援してあげたことがある議員に無視されたり、1年生議員から集団でにらみつけられたり。だが、これまで仲良しクラブだったから、自分を鍛える場所がなかった。今後、自分にも党にも、もっと大きな荒波が来ることがあるだろう。トラブルに対処することを体が覚えた」

 「政党政治の枠の中で自民党にいる。記者が記事を書くために新聞社にいるようなもの。『自民の野田』より『岐阜の野田』の部分が大きくなった。いい意味で『おばちゃん化』した」

 ――古巣・自民党に戻って感じた変化は。

 「新旧の人々の間で息づかい、文化の違いを感じた。私が新人の頃は、1年生議員は徹底して1年生で、上下関係があった。今は1期も10期も変わらないような感じだ」

 ――無所属の時、支援者は変わらなかったか。

 「後援会のコアの部分は微動だにしなかった。全校区だけでなく中選挙区時代の後援会もある。私以上に『野田聖子』になってくれた人が多い」

 ――1区の公認問題について、どう考えるか。

 「党本部が決めることだが、指をくわえて待つわけではない。党から言われたことはきっちりやる。参院選では激戦区の応援に行き、文句を言われないように、ノルマはきっちりこなす」

 「佐藤さんも私も不正常な状態にあり、党本部が戦わせている。自民党は離合集散を繰り返し増殖してきた。柔軟性があるとも節操がないとも言える。2人が生き残る手だてが見つかればいい」

 ――衆院選で問われた郵政に変化はあるか。

 「特に田舎では、遅配が起きたり、ATM(現金自動出入機)がなくなったりしている。ゆうちょ銀行も夢のある話ではなくなってきた。ただ私は悲観論者ではない。改善していけばいい」

 ――地方は疲弊しているか。

 「都心でインフラ整備がほぼ終わり、ようやく地方の番という時に、予算が削られている。都市偏重からのより戻しはきっとくる」

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