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〈迷走の行方:下〉 戦後脱却、先走る理念

2007年07月03日

 安倍首相が脱却すべきだと訴え続ける「戦後レジーム(体制)」とは何か。

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安倍首相の発言から

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国民投票法を成立させた参院本会議=5月14日、国会内で、松本敏之撮影

 象徴的な場面があった。

 5月11日、参院第1委員会室で開かれた憲法調査特別委員会。民主党の簗瀬進議員が「戦後体制のどこをどう直すのか」とただした。

 「今までの観念の殻を打ち破って、21世紀にふさわしい日本の姿をつくっていくことこそ戦後レジームからの脱却だ」。首相はこう答え、教育、行政、国と地方のあり方などを例示したうえで、付け加えた。「そうしたものの頂点にあるというか、基盤にあるのが憲法ではないか」

 戦後レジーム脱却論の最終目標が憲法改正にあることを、首相は隠さない。年頭の記者会見から、参院選の争点として改憲を訴えると言い続けている。

 だが、現時点で、改憲は本当に争点になり得るだろうか。ここにまず、危うさがある。

 「憲法改正の中身に(与党は)合意していない。中身を言わないで憲法改正だけを言っても意味はない」

 自民党の連立相手である公明党の太田代表はこの間、改憲を参院選の争点とすることに繰り返し異を唱えている。

 確かに、憲法のどこをどう変えるのか、それによってどんなプラスがあるのかが具体的に示されなければ、有権者も賛否を判断しようがない。

 この点について、首相は「私たち(自民党)は憲法の草案をすでに作っている。(参院選が)みなさんにお配りする機会にもなればいいと思う」と参院憲法調査特別委で答弁した。

 しかし、5月14日に成立した国民投票法は、「内容において関連する事項」ごとに区分して改憲案を発議することになっている。つまり、自民党草案のように、現行憲法を大幅に書き換える内容について一括して賛否を問うことはできない仕組みだ。

 改憲の是非を問いたいならばまず、改正案のどの部分を優先したいのかを首相は語るべきではないか。

   ◇

 参院選後の臨時国会では、国民投票法に基づき、衆参両院に「憲法審査会」が設置され、本格的な改憲論議が始まる。今回の参院選で選ばれる議員たちは、その論議を担うことになる。

 民主党は05年秋に「憲法提言」を発表したが、改憲の中身は詰め切れていない。参院選に向けた重点政策でも触れていない。提言をたたき台に昨年4月、全国11ブロックの衆院比例区単位で支持者らとの対話集会を始めたが、同8月の5カ所目の開催を最後に中断したままだ。開催を断ったある県連の幹部は「選挙や組織のことを考えると、党が割れる危険が大きい。それに見合う利点があるのか疑問だ」と党内事情を語る。

 「護憲」の立場を明確にしているのは、共産党と社民党。共産は重点政策で「日本を海外で戦争する国につくりかえる憲法改悪に反対」とし、社民はマニフェストで「9条改憲を許さず、集団的自衛権の行使に関する憲法解釈変更に反対」としている。

 国民新党は参院選の公約で「自主憲法の制定を目指す。ただ、現行憲法の前文と第9条の精神を堅持する」としている。

 改憲案の発議には衆参両院で3分の2以上の賛成が必要だ。だが、自民、公明両党が6月26日に発表した参院選の共通公約には「2010年以降の国会を視野に入れ、次期国会に衆参両院に設置される『憲法審査会』の議論を深め、同時に、憲法に関する幅広い国民的な議論を深めていく」とあるだけだ。与党内でも、具体的な改正案がまとまっていないのが現状だ。

 改憲の中身が不明なまま、その是非だけが問われることに不安を抱く人々がいる。

 憲法施行60周年の5月3日、新潟県加茂市の加茂文化会館で開かれた成人式。はかま姿や振り袖姿の若者約300人に、礼服姿の小池清彦市長が呼びかけた。

 「断固として平和憲法を守り抜いてほしい」

 小池氏は、旧防衛庁で防衛研究所長や教育訓練局長を歴任した。持論は「祖国防衛こそ自衛隊の本務」。現役時代は湾岸戦争への派遣に反対した。「自衛隊は憲法と両立する。改憲は海外派兵のためだ」と疑う。

 国の最高法規である憲法の改正の是非を今夏の参院選で問うほど、各党の議論は熟しているのか。有権者はそこを見定めることになる。

 「国民主権、基本的人権の尊重、平和主義という憲法の基本原則は、日本の平和と繁栄に極めて大きな役割を果たした」

 首相は5月17日に配信した安倍内閣メールマガジンで、こう記している。戦後レジーム脱却論で改憲をめざしてはいても、憲法の基本原則については尊重する考えを再三表明してきた。

 ただ、その憲法を礎とする戦後民主主義に対し、これまで首相は、懐疑的ともとられかねない発言も繰り返してきた。そこに二つ目の危うさがある。とくに、首相が改憲とともに最重視する教育改革を語る時がそうだ。

 「教育制度について、戦後レジームとは何なのか」

 7月1日、学者や経済人らでつくる「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)が主催した討論会で、民主党の小沢代表は安倍首相にこうただした。

 首相は、改正前の教育基本法を取り上げ、「損得を超える価値、家族の大切さや地域のため汗を流すこと、そして国のために貢献すること、その価値については書いていなかった」と答えた。さらに、安倍内閣による同法改正を成果として誇り、「今までの教育は、やはり戦後レジームの中にある」と断じた。

 その教育改革の眼目として、首相は「道徳」「規範意識」を強調してきた。

 首相肝いりの教育再生会議は6月に公表した第2次報告をまとめる際、子守歌や母乳での育児を勧める「子育て指南」や、規範意識や公共心を身につけさせる「徳育」の教科化を打ち出そうとした。

 しかし、与党内からさえ「国が、子どもや親の内心に介入することになる」などと批判が上がった。このため、報告書からは子守歌や母乳などの具体的な表現が消えた。徳育については、数値評価をせず、現状の「道徳の時間」との違いははっきりしなくなった。

 こうした政権の動きについて、3月に道徳教材を出版した板倉聖宣・国立教育政策研究所名誉所員は「徳育は、国として一つの生き方を決めるようで怖い」と危惧(きぐ)する。

 首相が脱却をめざす戦後レジームとして明言した「今までの教育」とは、戦後民主主義教育のことではないのか。

 自民党は155項目にわたる参院選公約で、改憲に続いて2番目に「教育の再生」を掲げた。その自民党に挑む野党を含め、各党には、誰のための、何のための教育か――の論議を深めてもらいたい。そして、その根底となる戦後民主主義そのものへの評価をはっきり示してほしい。

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