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〈問う 漂流・自民党:1〉農村組織に揺らぎ

2007年07月08日

 まろやかな甘みのお茶で知られる岐阜県中濃地域の白川町。6月23日、参院選岐阜選挙区(改選数2)に自民、公明推薦の無所属で立候補する藤井孝男氏(64)の後援会と、自民党白川支部の合同役員会が開かれた。

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田畑に囲まれた小屋に張られた自民党の参院選向けのポスター。ポスターの枚数では、公明党や共産党に押され気味だった=岐阜県高山市国府町で

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 藤井氏の父で、新日鉄副社長を務め、「財界政治部長」の異名を取った故丙午(へいご)氏の生まれ故郷。保守王国・岐阜の中でも自民党の強い所だ。役員会では、藤井氏の支援強化を確認した。町内には、安倍首相と参院選のスローガン「成長を実感に!」が入った党のポスターが張られている。

 しかし、党支部長の鈴村道男・町副議長(71)は自民党への厳しい空気を肌で感じている。

 「宙に浮いた年金記録問題」に加え、度重なる強行採決や会期延長。古参の党員からも「ごり押しが過ぎないか」「小泉さんの時、議席が増えすぎたんじゃないか」との声が相次いでいるのだ。

   ■   ■

 長年、農村部を地盤としてきた自民党。01年に就任した小泉前首相は高い内閣支持率で、05年衆院選で自民党を大勝利に導いた。一方、「小泉改革」に伴い、地方の公共事業は大幅に削減。「平成の大合併」で地方議員も減った。選挙の集票マシンとして動いた地方議員の約7割は自民系とみられ、合併は「地方の自民党離れ」を生んだ。

 白川町では、昨年夏に「異変」が起きた。党費を集めようと、鈴村氏が各戸を回ると、次々断られた。

 「もうこれからは払わん」「孝男さんが復党すれば、協力するが……」

 町内に約480人いた党員が約200人も減った。郵政民営化法案に反対した藤井氏は05年衆院選で、岐阜4区に無所属で立候補。自民公認の金子一義氏(64)に敗れ、その後、自民党を離党した。後援会員はほとんど減っておらず、党への反発が理由だった。

 政党の地力のバロメーターとなる参院選比例区の得票数は白川町でも減少傾向。92年の4788票から95年3509票、98年3461票。小泉旋風の01年こそ4258票と盛り返したが、04年は3274票だった。

 鈴村氏は党員の高齢化も気にかかる。集会に出ると、「丙午さんの頃は県内くまなく応援に回ったもんだ」と懐かしむ高齢者ばかり。「『もっと暮らしやすくなるように藤井さんにお願いしよう』と言っても、若い人は動いてくれない」

   ■   ■

 55年体制当時、各自治体は投票率や得票数で選挙運動の成果を「査定」され、それが補助金に反映されるという構図だった。

 岐阜県高山市高根町は05年2月に編入合併されるまでは旧高根村。今も旧高根村を含む大野郡地域は「大野連合」として自民党支部をつくる。旧村の参院比例区の自民党得票率は約70%。67年から村長を10期務めた中井勉氏(75)は、選挙となると、自民党を応援した。「山奥の貧しい村を豊かにするには札(ふだ)(票)が命」。道路やトンネル、村民センター。国の補助金で整備できたのは「票の力があればこそ」と信じている。

 ところが、合併で投票箱は市中心部の1カ所に集められた。「高根で何票出たかわからない。このままでは、高根は取り残される」。そんな懸念通り、06年春、旧村立高根中は旧隣村の朝日中に統合された。

 「自民党は地方が支えてきた。でも自民党がやっていることは逆だ」

    ◇

 「自民党をぶっ壊す」と小泉前首相が宣言して6年。「戦後レジームの脱却」を掲げる安倍首相の就任後、初の大型国政選挙の参院選を前に、自民党の足元を探った。

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