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国民新・綿貫代表 「第三極に」80歳の自負

2007年07月21日

 その声の張りは、とても80歳とは思えない。

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くいだおれ人形の前で遊説、握手する国民新党の綿貫民輔代表=18日午後、大阪市で、堀英治撮影

 「小泉さんの考えは間違っていたと、修正しますか」

 2年前の「郵政解散」について、公示日前日の党首討論会で安倍首相にただした。28歳年下、戦後生まれの首相は「綿貫さんは大先輩だが、未来のことを考えていきましょうよ」。期待した答えは返ってこなかった。

 首相にとって郵政解散は、「過去」の出来事なのかもしれない。しかし、「大先輩」から見れば、住み慣れた自民党を離れ、自らを新党結成に至らしめた重大事件である。それをわきにおいて、首相と「未来」を語るわけにはいかない。

 「自民党は良さを全部失った。国民新党はぶれない、こびない、おごらない。自民党に帰ろうなどという卑しい気持ちはない」

 選挙戦に入り、言葉は鋭気を増す。

 さりとて自民党幹事長を務め、衆院議長まで上り詰めた重鎮である。自民党と決別はしたものの、「与党でも野党でもない、立派な第三極になりたい」というその主張には、野党に染まりたくない思いもにじむ。

 地元・富山での野党との選挙協力への対応は「白紙」と言ってきた。38年の政治生活を支えた地元支援者には自民支持層が多く、「自民党から百八十度転換するのは大変なこと。党としてはやれても自分の選挙区ではなかなか結論は出ない」とこぼしたこともある。

 二大政党制の大きなうねりはしかし、与野党のどちらとも一線を画す独自路線を許さなかった。

 ともに自民党を飛び出した亀井静香代表代行は先に「民主、社民と政策連合を結ぶ」と旗印を鮮明にした。亀井久興幹事長も地元・島根で立てた長女の選挙戦に民主党と二人三脚で挑む。公示日前日、背中を押されるように富山の野党統一候補の推薦を決断。党内から「ついにルビコン川を渡った」との声が漏れた。

 小泉政権さえ誕生しなければ、今ごろは自民党長老として丁重に扱われ、夏の選挙の先頭に立つこともなかったろう。

 「参院選で与党が過半数を割るまでは、民主党と運命共同体だ。その後は民主党と一緒になることはない。自民からも民主からも侵されないだけの議席を確保したい」

 遊説の合間に、そんな決意を語った。2大政党にのみ込まれず、政界の「第三極」に踏みとどまることができるか。予期せぬ境遇に置かれた80歳の、自負心を懸けた闘いである。

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