小松島市田浦町の勝浦川沿いにある水田地帯。八木義夫さん(74)の約80アールの田んぼも、刈り取りを待つ稲穂が波打っていた。だが、八木さんはもう10年ほど、田んぼには出ていない。市内の農作業請負会社「島本農園」に委託したのだ。
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団体職員だった八木さんは42年前、農家の長女だった妻(66)と結婚し、婿養子として妻の両親と同居した。江戸時代から守ってきた田んぼで、両親は専業農家として暮らしてきた。
八木さんは平日は勤めに出て、休日に農作業を手伝った。田植えや刈り取りの時期には早朝から農機具を動かし、暗くなるまで働く。コンバインが15年前に故障し、買い替えようとしたが数百万円かかると知ってあきらめた。刈り取りは隣の農家に依頼するようになった。
10年前、妻の母親(89)に認知症の症状が出始めた。父親(87)も肺気腫にかかって病院通いが欠かせなくなり、農作業に出るのが難しくなった。八木さん夫婦には子どもがなく、これまで4人でやってきた農作業を夫婦だけで続けなければならなくなった。「とてもできない」。知人が紹介してくれた「島本農園」に任せることにした。
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「米作りを請け負っても利益は出ない。ただ先祖から続く田んぼを続けてほしいという農家を助けたい」
島本農園の島本特次社長(60)は言う。実家は小松島市内の専業農家。約30年前、近所の農家から「後継者がいないので農作業を手伝ってほしい」と依頼が来るようになった。口コミで広がり、15年前に会社を設立。大型の農機具を3台操り、従業員は10人いる。農作業を委託してきた農家は約60軒で、この10年で倍増した。委託された田は約20ヘクタールに及び、年商は1億円になる。
作業委託は米のみ。苗の植え付けや収穫などほとんどをこなす。農家から料金を受け取る場合はまれ。その代わり、収穫して販売した収入がすべて会社に入るシステムだ。現在、米作りの作業を請け負っている農家は小松島市だけで7、8戸ある。
島本社長は「農機具や農薬、肥料の値段が上がっているのに、米や野菜の出荷価格はあまり上がっていない。とても小規模農家ではやっていけない」と話す。
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県によると、前回衆院選のあった05年、県内の農家戸数は約3万8800戸で95年に比べ約7千戸減った。その後、農家の後継者不足や高齢化の状況は変わっておらず、さらに減り続けているとみられている。
「農業がだめになる中、せめて米作りだけでも政治の力で守ってもらいたい。米と米作りが日本を支えてきたのだから」。八木さんが言った。
(西峯正晴)
=おわり