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〈09政権選択〉揺らぐ自民独占の地 鹿児島1区

2009年8月21日

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◆鹿児島1区

川田純一 42 諸新 

保岡興治 70 自前(11)

山口広延 34 共新 

川内博史 47 民前(4)

山下純一 54 無新 

(カッコ内数字は当選回数)

 「自民党の一連の規制緩和が行きすぎ、地域格差が生まれ、大きな痛みを伴うことになった」。20日、桜島の火山灰が舞うJR鹿児島中央駅前。麻生首相は公示後初めて九州入りしたが、この日の演説も、おわびから始めざるを得なかった。この4年間の率直な思いが口をついた。

 一方で首相は、鹿児島4区の民主党陣営が二つの国旗を裁断し、つなぎ合わせた問題にも言及。「鹿児島は日の丸発祥の地とも言われる。もっと怒らないと」。自民への逆風が強まる中、伝統的な支持層をひきつけるのに必死な心情がうかがえた。

   ◇   ◇

 農業の盛んな鹿児島県は、自民王国と言われてきた。96年に衆院に小選挙区が導入されて以来、民主は1勝もしたことがない。1区では、法相などを歴任した自民前職の保岡興治氏と民主前職の川内博史氏が4度対決したが、川内氏は4度とも比例九州で復活するしかなかった。

 だが、07年の参院選で王国に異変が起きた。鹿児島選挙区では自民前職が民主新顔に辛勝したものの、1区のほぼ全域を占める鹿児島市では民主が2万5千票も上回った。

 危機感を抱いた農政連、建設業協会、医師連盟など約60の自民友好団体は08年4月、「県都の政治を守る会」を結成。保岡氏の必勝を期し、組織を引き締めた。

 「これまで実績なんて自分から言わなかったけど、そういう時代じゃない。これからは猛烈に言いまくる」。自他ともに堅実な政策マンと認める保岡氏も、ホームページで「議員立法件数33件は現役議員最多」とアピールするように。今年5月からは週末には鹿児島に戻り、街頭で手を振り続けた。

 「島津の敵中突破」。自民県連幹部の一人はこんな言葉を口にする。関ケ原の戦いで西軍が壊滅しても、島津勢は敵陣を突破し、薩摩に戻り、江戸時代を通じて一目置かれる雄藩となった。「全国で自民がどうなろうと、鹿児島だけは負けられない」

   ◇   ◇

 一方の川内氏も「政治生命をかける」と背水の陣の構えだ。5連敗となれば「タマ(候補者)替えもある」(陣営関係者)からだ。

 川内氏は、税金の無駄遣いや天下りなどをなくすと主張。民主のマニフェストにつきまとう「財源は……」との批判には「財源がないというのは、予算を渡さない官僚に操られている証左。この川内が『財源発掘隊長』として財源を見つける」と言い切る。

 07年の参院選後からは選挙区内をくまなく回った。この2年で街角に張られたポスターは5千枚に上り、自民支持者が多いとされる郊外でも目につくようになった。

 川内氏は「風というよりは地殻変動」と手応えを語る。「今まで『頑張ってね』という声はあったが、今回は有権者の方から『変えるよ』という言葉が出ている」。21日には、首相と入れ替わるように、鳩山代表が応援に入る。

 共産新顔の山口広延氏は「国民のくらしを犠牲にしてきた自公政治の退場」などを主張。24日には市田忠義書記局長が来援する。(寿柳聡、三輪千尋)

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