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〈主要候補者の横顔:2〉尾張編 愛知6区・7区・8区・9区・10区

2009年8月21日

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 30日投開票の総選挙に立候補した主な人たちの訴える政策、今まで歩んできた道を、選挙区ごとに3回に分けて紹介する。2回目は愛知6〜10区。(年齢は投票日現在。カッコ内数字は当選回数、[前]は前回比例区復活当選。敬称略)

◇6区(5)

福原真由美 49 幸福の科学職員 諸新  

稲垣寛之  36 派遣社員    無新  

長谷川浩司 46 産婦人科医   無新  

石田芳弘  63 〈元〉犬山市長 民新   [比]

丹羽秀樹  36 党青年局次長  自前(1)[比]

◇7区(3)

山尾志桜里 35 〈元〉検事   民新   [比]

鈴木淳司  51 総務政務官   自前(2)[比]

永田久美子 47 幸福の科学職員 諸新

◇8区(3)

三丁目伸哉 43 幸福の科学職員 諸新  

伴野豊   48 党環境副大臣  民[前](3)[比]

伊藤忠彦  45 党国対副委員長 自前(1)  [比]

◇9区(3)

岡本充功  38 医師      民[前](2)[比]

板谷紀美子 55 幸福の科学職員 諸新  

海部俊樹  78 〈元〉首相   自前(16)

◇10区(3)

杉本和巳 48 〈元〉銀行員  民新   [比]

中村秋則 36 幸福の科学職員 諸新  

江崎鉄磨 65 党副幹事長   自前(4)[比]

 =届け出順

◇6区

◆長谷川浩司(46)無新 産科医療の現場変える

 「政権選択より大事なことがある」。現役の産婦人科医の立場から、医師不足の解消を訴えている。

 東大農学部を卒業後、県庁に入った。「国の仕事を流すだけでなく、自分の裁量で仕事をしたい」と27歳の時に名古屋市立大医学部を受験し、合格した。「何でもできる医者になりたい」と、産婦人科医の道を選んだ。現在は、名古屋市内の民間病院に勤務している。

 「医師は増えても、産婦人科医は減っている」。日々の仕事で産科医療の崩壊を実感した。現場の声を伝えようと、07年の県議選(春日井市選挙区)に無所属で立候補した。5452票を獲得したが、落選した。

 「過酷な勤務に民事訴訟のリスク。この2年間で産科医療の現場は全く変わっていない」と今回は、衆院選への立候補を決めた。「より良い医療は国民共通の願い。超党派でやるべきこと」と無所属の姿勢を貫く。医師の数を増やすことや行政による開業への支援、産婦人科医のドクターバンク開設などの実現を主張している。選挙期間中も、月に7、8回ある当直勤務は、こなすつもりだ。

◆石田芳弘(63)民新 NPO支援へ税制改正

 元犬山市長の経験から、地方分権で、市民の立場に立った街づくりの実現を主張している。「コミュニティーの再生。そしてNPOを支援するため、NPOに資金が流れる税制改正を実現させたい」と意気込んでいる。

 大学卒業後、知人から頼まれ、市長選を手伝った。その中で「政治家、市長という仕事をしてみたいという気持ち」が芽生えたという。故江崎真澄元通産相の秘書を経て、県議、そして95年、犬山市長選に当選した。全国学力テストの不参加表明、30人学級の実現など独自の教育行政に力を入れた。「犬山の子は犬山で育てる。子どもたちは自分たちの街をつくっていく遺伝子なんだから」と振り返る。

 07年の知事選に立候補したが、現職に惜敗。昨秋に民主前職が離党、不出馬を表明したことを受け、擁立された。「政権交代に飛び込むチャンス」とみた。

 市長時代、中央官僚政治の矛盾を感じていた。「思考停止で官僚に従っているのが地方行政。納得できなければ戦わないと。地方のことは地方が決める」と主張している。

◆丹羽秀樹(36)自前(1) しがらみない政治実現

 証券会社勤務や衆院議員秘書を経て、国政に挑戦。前回の衆院選で初当選した。「政権交代よりも世代交代」と若さを強調している。

 4年間の実績として、農業政策や地域経済対策、災害の被災者支援のための制度改正などを挙げる。それでも「やりたかったことは未達成だった。ベテラン族議員がしがらみにとらわれている」。若手が法案や政策の不備を指摘しても、聞き入れてもらえないことがあったという。「若い議員の方が現場によく足を運び、声も吸い上げることができる。クリーンな政治ができる」と話す。

 故丹羽兵助元労働相の孫。「葉っぱの裏に光をあてられるような政治活動をしないとだめだ」とは祖父の言葉。自分も「本当に困っている人たち、努力をしても報われない人たちのために政治をしていきたい」と言う。

 前回は郵政選挙で、自民への追い風があった。小泉改革の功罪については、「国の借金に目を向けさせた」と評価する。一方で、そのひずみの部分にも目を向け、「格差社会の解消に全力で取り組みたい」と話している。

◇7区

◆山尾志桜里(35)民新 有権者の信頼取り戻す

 07年末まで、名古屋地検岡崎支部の検事だった。検事は、司法試験に7回挑戦して、ようやくつかんだあこがれの仕事だった。

 しかし、犯罪とその被害者の姿から見えたのは、社会に希望を持てなくなった人が犯罪に走る現実。「今の政治は暮らしに安心を与えていない」という疑問を持つようになった。政治家を目指したいという気持ちが生まれ、民主の候補者公募に申し込んだ。選挙区は、あえて民主元職が覚せい剤事件を起こした7区を選んだ。「検事だったからこそ、7区で有権者の人たちの信頼を取り戻したかった」

 夫と2人、誰も知人がいない街に引っ越した。街頭に立って約1年半。知名度は十分とはいえないが、声をかけてくれる人は増えた。

 小学6年から2年間、ミュージカル「アニー」で主役を演じた。異色の経歴はマスコミによく取り上げられる。公開討論会では、小沢前代表の政治献金問題で、元検事としての見解を問われた。それでも、「自分の考えを聞いていただけることはありがたい」と力まない。注目を力に変え、前職に挑む。

◆鈴木淳司(51)自前(2) 地域発展のパイプ役自負

 3選を目指す今回、「この郷土(まち)に生まれ、この街と歩む」をキャッチフレーズに掲げる。瀬戸市出身。実家は町工場を経営し、従業員の雇用を確保するため頑張る父親の姿を見て育った。大学生の時に政治家を志し、松下政経塾に入る。33歳で瀬戸市議に初当選し、2期務め、後に国政へ転じた。

 「地域の事情を本当に分かっているのは市町村議員の出身者」と自負する。名古屋市の道路整備など、選挙区外でも地域全体の発展につながると考えた事業では、国と地方のパイプ役を担ってきた。

 解散前、自民党内には麻生首相を降ろそうとする動きがあった。議員総会の開催を要求する署名を頼まれたが、断った。「自分だけ目立って得票につなげようとの考えは間違い。自分には奇をてらうやり方はできない」

 趣味は焼き物。150を超える収集品を持ち、お気に入りの品をじっくり眺めるのが「至福の時間」。だが、今はその時間も惜しみ、街頭や支援者の集会で、「不平、不満は分かるが、どうか冷静に政策を判断してほしい」と訴えている。

◇8区

◆伴野豊(48)民[前](3) 「三感」信条に格差是正

 前回は小選挙区で惜敗し、比例で復活した。「悔しいどころじゃなかった。ゼロから鍛え上げるつもりでやってきた」。自転車で住宅街を走り、多くの人と握手を交わすことにいっそう力を入れた。

 父も祖父も警察官という家庭で育った。JR東海に勤めていた時、リニア新幹線の需要予測を担当したが、日本の将来は、財政、人口構造と何一つ良い数字が見えてこなかった。「このままだと、日本は輝きを失う」と危機感を抱いた。その頃、細川政権が誕生。会社員出身の候補者が街頭演説をする姿を見て、自分も同じことをしている姿を想像した。熱は冷めず、政界入りを果たした。

 政治家は、使命感、信頼感、責任感の、「三感」を持ち続けるべきだというのが信条。これを失ったら政界を去る覚悟だ。

 この4年間、地方の公立病院が行き詰まり、医療システムの崩壊が進んだ。都会にいても、先端医療が受けられる人と受けられない人の格差があると感じている。「政権交代という手段で税金の使い方を変え、命にかかわる予算を最優先したい」

◆伊藤忠彦(45)自前(1) 党のリニューアル力説

 公募で選ばれて、挑んだ前回の郵政選挙で初当選した。党に逆風が吹く今回は、「自民をもう一度リニューアルし、立ち直らせる仕事をやらせて欲しい」と訴える。

 名古屋市で400年続く旧商家「川伊藤家」出身。早稲田大学高等学院への進学がきっかけで大隈重信にあこがれ、「総理大臣になり、国のため仕事を」と決意した。

 旧東海銀行の頭取だった父親は政界入りに反対していたが、電通を退職。94年、官房長官だった武村正義氏(新党さきがけ)の秘書に。その後、自民の故・小渕恵三氏の秘書を経て、当時衆院議員だった久野統一郎氏の誘いで、ゆかりがなかった知多市へ転居。県議を2期務めた。

 国会議員としての4年間、西知多道路や中部空港の2本目滑走路など知多半島のインフラ整備のため奔走。1次産業の活性化や農商工の連携を見据え、東京での物産展の開催に尽力した。観光産業を盛り上げようと、交流人口を増やす種をまいてきたという自負もある。

 自分の性格については、「動くのが早い」が長所であり、短所でもあると分析している。

◇9区

◆岡本充功(38)民[前](2) 医師と政治家、真剣勝負

 中学1年の秋に父親を肺がんで亡くした。それに導かれるように、医者になった。政界入りは03年。民主党の公募に申し込んだ。未認可の新薬の投与が認められずに亡くなった白血病の少女の死が、政治家になる決断を促したという。「自分の基本は、がんと闘っていくこと。そのために二足のわらじを履くことになった。どっちも真剣勝負です」

 今も津島市民病院で非常勤内科医をしている。原則週1回、国会休会中は週2回出勤し、患者や看護師の話に耳を傾ける。現場に通じた医療問題のエキスパートを自負している。「抗がん剤の新薬は認可まで3年半かかっていたが、やっと1年を切るようになった」「林業の現場では、毎年1千人に2人が労災で死んでいる」……。データ重視の研究者らしく、話は具体的で説得力がある。

 様々な現場を、精力的に視察し、命に直結した問題が山積している実情を見てきた。「現場を訪ねて声を聞くことで、政治に何が求められているかが分かる」

 独身。「欲しがりません勝つまでは、の心境ですね」

◆海部俊樹(78)自前(16) 50年目前、初めてづくし

 初当選は1960年。故尾崎行雄、故三木武夫らに並ぶ在任50年の名誉議員表彰は目前だ。「一生懸命努力して、やりたいと思うことをやって、顧みて『50年か』と。自分からなりたいというものではない」と話す。

 元首相の大ベテランにとっても、逆風の厳しい選挙。公示前に事務所を設置し、事務所開きには麻生首相も駆けつけた。「17回目で初めてのことばかり」と言う選挙戦を戦う。

 やりたいことはまだまだある。「環境問題は大切。憲法もあまり勇ましい方向に議論が進まないように、と思う。党が掲げる奨学金制度も文部大臣経験者として評価する」。政治家としては「自分の胸に手をあてて、良心に従って行動しているか、天は見ているんだぞ、と自分に問いかける。仏教では『自性清浄心(じしょうしょうじょうしん)』。この教えが大事」と話す。

 残暑の選挙に臨むための健康の源は妻特製の焼きトマト。「オーブンで焼いて、季節の青野菜を入れて、オリーブオイルとバルサミコ。毎朝食べている」。プールで歩き、足腰の強化にも努める。「暑さはこたえるでしょうねえ。でも乗り切る」

◇10区

◆杉本和巳(48)民新 庶民の生活、厳しさ体感

 郵政選挙の前回、党の公募候補として初めて立ったが、落選。以後は党からの調査委託費20万円での暮らし。東京から本籍を一宮市内に移し、マンションを購入、地元のスーパーで買い物をし、自炊をしている。庶民の暮らしの厳しさをこの4年間で体感した。老人ホームでの宿直体験を通じ、福祉現場の実情も身にしみて感じたという。

 早大卒業後、日本興業銀行、みずほフィナンシャルグループなどで金融マンとして働いてきた。20代前半で政治家の道への思いを強くし、会社の制度を利用して米国や英国の大学院に留学。政治や国際関係を学び、選挙制度の問題、議員研修制度、物価など欧米との違いなどを痛感した。

 2度目の挑戦。「安心して暮らせる社会をつくるためのスタートが政権交代だ」と意気込む。「民主のマニフェストに対し、財源が問題にされるが、赤字国債を平気で出してきたのが自公政権だ」と批判する。「官僚の天下り、渡り、税金の無駄遣いをやめさせ、雇用、中小企業支援、積み立て方式など年金制度の見直し」を訴える。

◆江崎鉄磨(65)自前(4) 地元で汗、貢献アピール

 93年、宮沢内閣不信任、衆院解散を受けて誕生した旧新生党に加わり、初当選した。新進、自由、保守、保守新党と移り歩き、00年の衆院選では落選の憂き目にも遭った。野党も経験したが、「血液は自民型。保守の政治理念、信条」に基づき、一貫して二階俊博経済産業相のグループと行動を共にしてきた。

 父親の故真澄氏は、大平内閣で通産相を務めるなど自民の重鎮。その父親の地元秘書を23年間務めた。世襲批判に対し、「地元に生まれ、育ち、選挙区で汗をかいてきた。10区のことはだれよりも知り尽くしている。東京生まれ、育ちの2世と違う」と自負している。「駅ビルなど一宮市中心部の再開発、鉄道高架事業の推進、総合体育館建設、中小企業支援の緊急保証制度の実現など国とのパイプ役を務めた」と地元への貢献もアピールしている。

 「政権交代」が叫ばれる今回の選挙。「民主の政策をやろうと思うと赤字国債と増税以外に実現は不可能」と批判。「まずは雇用と景気回復。経済が安定しないと消費税も上げられない。企業誘致も再開発をするにも景気回復が大事」と主張する。

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