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主な候補者の横顔 熊本3区・4区

2009年8月21日

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(届け出順。〈元〉以下は過去職。カッコ内数字は当選回数。[比]は比例区と重複立候補。〈 〉内政党は推薦・支持)

<3区>

坂本哲志 58 総務政務官   自前(2)[比]

三浦一水 55 〈元〉参院議員 無新  

後藤英友 42 〈元〉電通社員 民新   [比]

松井栄治 43 幸福の科学職員 諸新  

◆数十項目、独自の政策集 坂本哲志氏(58)=自前〈公〉

 高校1年までの夢は「自動車の設計士」だった。大学卒業後、地元紙の記者として政治を取材した。「政治の中で自分がやれば、もっとできる」という思いで、政治の世界に飛び込んだ。

 県議時代は自民党、さきがけに所属したが、03、05年の衆院選では無所属。自民公認の故・松岡利勝氏と議席を争った。松岡氏の死去に伴う07年の衆院補選で当選後、自民党に入党し、今回は自民公認として初の総選挙に臨む。「基本はこれまでやってきた『草の根選挙』に、自民党の友好団体などに外枠を固めてもらっている。草の根プラス組織だ」

 「見る、聞く、歩く」をモットーに活動する。「3区を一番歩き、一番地域が分かっている。処方箋(しょほうせん)を書けるのは私しかいない」と自負。「地域にいかに予算を持ってくるかで、2年間がんばってきた。経済があってこそ、モノを作ってこそ社会保障もある」と語り、中小企業への融資や農林業者への補助などを実績に挙げる。

 自民党への逆風が吹く中、党のマニフェストとは別に農業対策や年金など計数十項目の独自の政策集を作り、独自色を打ち出している。農業では、直接支払制度による所得補償を提言。「農家の現状を考えると、これまでの党の農業政策だけでは成り立っていかないと感じている。(当選すれば)党の中でも訴えていく。これは党の進める農政とは矛盾しないと思う」と意気込む。

 総務政務官として1月上旬、東京の「年越し派遣村」について「本当にまじめに働こうとしている人たちが集まっているのか」と発言し、直後に撤回、謝罪に追いこまれた。「実態を知らずに発言し、反省している。派遣制度を全くなくすわけにはいかないが、無制限の派遣は改めたい」と釈明している。

◆「農業者」食糧安保訴え 三浦一水氏(55)=無新

 グレーの作業服で選挙戦に臨み、「いつでもどこにも行けるように」との姿勢をアピールする。自民党参院議員時代に農林水産副大臣などを経験し「農業者」を自認する。「第1次産業が地域で果たす役割を本当に大事にしたい。『農業バカ』と言われても、愚直に訴えていきたい」。農家の所得補償方式の導入や「食糧安全保障」の観点の必要性などを政策として訴える。

 07年の参院選では自民公認で3選をめざしたが、民主党候補に惜敗。「県民に大きな力で支持をいただいたのに、当選できず申し訳なかった。国会議員活動を中断することは歯がゆかった」と振り返る。「12年の国会活動で、他に代えられない経験をさせてもらった。(経験を生かし)県民の役に立つようがんばるべきだと思っている。衆院は参院より有権者に身近であり、より大きな舞台で前向きに挑戦したい」と再起を期する。

 「今の自民、民主の二大政党では、国民の政策的期待に応えられない」と語り、「政界再編」が持論。平沼赳夫元経済産業相の「平沼グループ」に名を連ねる。憲法改正を発議し国民投票にかけるため、国会で3分の2以上の賛成が得られる保守勢力の確立が目標。「両院制をどうするかという問題や首相公選制、自衛隊を軍隊でないといっていることなど、このままで議論していくのは無理がある。憲法を総括し、時代に即して改正すべきだ」という。

 父も参議院議員だったが、「世襲には該当しないし、有権者の判断に任せるべきだ」と語る。信条は「前向きに生きること」。代表を務める農事組合法人が所有する自宅近くのミカン畑の生育状況を見るため、毎日欠かさず足を運ぶという。「どうしても気になって、見ないではいられないんです」と笑顔を見せた。

◆若さ前面、農業政策に力 後藤英友氏(42)=民新〈社〉〈国〉

 「政権交代をかけた選挙。3区から日本を変えたい」と繰り返し訴える。「定期的に政権が代わる方が自分たちのためになるのではないかという思いが広がり、政権交代が現実的に受け止められている。今まで以上に、民主党に任せようという声が強い」と手応えを語る。

 菊陽町出身の元「電通マン」。退社後に留学した米国で「日本は国際社会で存在感がない」と痛感。「もっと世界から尊敬される日本でありたい」と思ったのが、政治家を志したきっかけという。

 03、05年の総選挙は民主公認で熊本5区から立候補したが落選。07年の衆院補選から3区で戦う。「当初から、3区を希望していた。補選から地元に密着した活動をしてきた。風頼みと言われてきたが、地に足をつけた活動の広がりができていると思う」と語る。

 街頭では、軽トラックの荷台などから支援を呼びかけてきた。「『民主党に任せて大丈夫か』という不安の声も聞くが、政策を訴えて安心感を与えることに尽きる」と述べ、党のマニフェストに記載される政策を中心に訴える。

 3区に農家が多いことから、特に農業政策には力が入る。「『農業をどうにかしてくれ』という声が大きい。農業を安心して営める環境を整えることが大事」と農家への戸別所得補償制度を前面に押し出す。社会保障制度の再構築や税金の無駄遣い廃止も重点的に訴える。

 「自民党と官僚の癒着を断ち切ることに政権交代の意義がある。(政権を取れば)既得権益にとらわれずに予算を組んでいきたい」という。

 議席を争う自民前職らと比べ、政治経験は少ない。ただその分「若さ、誠実さを打ち出している」という。座右の銘は「為(な)せば成る」。趣味はジョギング。

<4区>

園田博之 67 党政調会長代理 自前(7)[比]

河野一郎 49 幸福の科学職員 諸新  

松永真一 50 〈元〉県議   国新   [比]

◆政策通、自民の再興図る 園田博之氏(67)=自前〈公〉

 「過去に経験したことがない」という自民党への逆風を感じている。「自民党議員に、責任政党としての自覚が薄れてきたんじゃないか。自民党を再興しないと」と強調する。

 自民党政調会長代理として麻生内閣の経済対策などをまとめた。7月に成立した水俣病救済法でも、与党プロジェクトチームの座長として救済案や民主党との協議をまとめ、「政策通」として知られる。経済対策について「一回で地方が立ち直れるはずはない。もっと良い環境を作るため、さらに投資を続けないといけない」と継続を訴える。

 93年、自民党から飛び出して新党さきがけを結成。鳩山由紀夫・現民主党代表らとともに「非自民連立」の細川政権や「自社さ」連立政権にかかわった経験から、民主党内にも人脈がある。しばしば「政界再編のキーマン」と目されるが、「まず自民党がしっかりして、場合によってほかの政党にいる優秀な人材が結集して、本当の意味で政権を担える政党を作ることが先決という意味で(再編論を)言っている。数集めの再編論とは違う」と説明する。

 父は外相などを務めた故・園田直氏。「世襲ではないか」との指摘には「おやじの息子でなかったら(初めての選挙で)当選なんて考えられなかった。ひょっとして他の優秀な人を国会に送るチャンスを阻んだかもしれない」と率直に語る。将来的には候補者の公募制や予備選を検討するべきだ、とも言う。

 座右の銘は「初心忘るべからず」。「国会議員になったのは、自分が生まれ育った田舎が元気になれば日本が元気になるだろうと思ったから」と振り返る。今後については「政治力を高めたい」と目標を掲げ、「いま政治がしっかりしていないと、国全体が行方を間違う場合もある」と危機感を持つ。

◆「顔の見える議員」目標 松永真一氏(50)=国新〈民〉〈社〉

 拡声機を肩にかけ「政権交代、地方の再生、郵政民営化見直し」などをキーワードに、「今回、政権交代しなければ日本も、地方も、未来を語ることはできない」と街頭で訴えて回っている。

 政治家を志したのは合併して宇城市となる前の旧小川町長だった父の影響と、「自分の生まれた地域にもう少し楽しく笑って生活できるような環境をつくりたい」との政治信念からという。

 03年の県議選で初当選し、自民党に入ったが、年金問題などへの自民党への対応に大きな疑問を持ち、決別。民主党からも誘われたが、国民新党入りして衆院選に立候補した。「政党を渡ったが、常にこの地域を中心に物事を考えてきたので、政治信念や中身はぶれていない」と説明する。好きな言葉は「真実一路」。

 演説では郵政民営化の見直しを訴え「私も4年前、小泉首相が郵政民営化を争点にした衆院選でだまされた」と振り返り、「大きな間違いをした」と反省する。

 相手候補については「国政を経験されている方とは政策論では勝てないが、熱意や一生懸命さを有権者に伝え、自分が先頭を切って選挙をやることが肝心」と、敬意を払いながらも挑戦する姿勢は崩さない。

 尊敬する人物は徳川家康。「私は気が短いところがある。家康のように大器として晩成を待つような心境でいなければ」と自らを戒める。

 めざしているのは、自分で現場を確認したうえで、国としてどのように支援できるかを総体として考える「顔の見える国会議員」という。「今回は、国民のみなさんが真剣に政権選択を考える選挙。4区からも政権交代を実現させたい」と強調する。「決断したことを成し遂げたいとの思いが、自分を動かすパワー」と意気込む。

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