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主な候補者はこんな人 岩手4区

2009年8月28日

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(届け出順。年齢は投票日現在。年齢のあとのカッコ内数字は当選回数)

○小沢一郎氏(67) 民前(13)

 初当選から40年。悲願の2大政党間での政権交代に王手をかけた。「歴史的な選挙であり、最大、最後の機会。地元の皆さんにはパーフェクトな支援を賜りたい」と話す。

 93年に自民党を飛び出したが、その後も政界の中心に居続ける。新生、新進、自由と属する政党の名は変わり、「壊し屋」「剛腕」のイメージがついて回る。

 記者会見で性格を問われ、「だいたい諸君の伝えているのと反対。だけど諸君のおかげで非常に忍耐強くなった」と皮肉る。「とにかくもう少しだからね。辛抱、辛抱……」。自らに言い聞かせた。

 お盆の16日、地元・奥州市に墓参りに帰郷した。支援者に囲まれると、笑顔がこぼれた。父・佐重喜氏の代から小沢氏を支える支援者は口をそろえて言う。「本当は優しいんだ。あの笑顔を見るとほっとする。だから時々顔を見せに帰ってきて欲しい」

 今回も選挙期間中に地元入りの予定はない。「私の立場と思いを理解していただいている」と後援会に信頼を寄せる。後援会は「前回以上の得票を」と、候補者のいない選挙戦を続けている。

 健康のため早寝早起きを心がけている。「豆腐のみそ汁と漬けものがあれば、たいがい食える」という豆腐好き。趣味は散歩、囲碁、釣り。

○小原宣良氏(65) 社新

 北上市職員24年、県議を5期20年。「地方自治、地方政治に携わってきた経験を国政に生かしたい」

 市農政課の職員当時、政府の減反政策に直面する。

 農民は生産調整による転作を強いられ、制度が変わるたびに「猫の目農政」の矛盾を肌で感じた。田んぼの隅から隅まで歩き、政治に目を開くきっかけになった。

 市職労委員長、沢藤礼次郎社民党衆院議員の秘書を経て政治家に転身。05年4月からは社民党県連代表として党を引っ張ってきた。

 自民、民主の二大政党のはざまで存在感が薄れがちになる中、「第三極」の重要性を訴える。「二大政党では民意を吸収しきれない。憲法を守り、非軍事に徹した国際貢献をする。わが党の存在意義はますます重要になる」

 県議を退き岩手4区内をくまなく回った。強く感じるのは格差の広がりだ。「小泉構造改革以来の市場原理主義で住民の命、暮らしが脅かされている。人間らしく生きられる社会を再生させなければ」

 「宣良(せんりょう)さん」と呼ばれ、温厚な人柄で親しまれている。

 旧社会党衆院議員の北山愛郎氏が説いた「社会正義、大衆道理」が座右の銘。妻と2人暮らし。交通事故に遭い12月に住みついた「師走」という名の猫が寄り添う。

○高橋嘉信氏(55) 自元(1)

 真っ黒に日焼けした顔は、1年間、選挙区を歩き尽くした証しだ。「みんなで車座になって語る」という取り組みを実践してきた。「絶対勝って」という有権者の言葉が心に残っている。

 奥州市胆沢区の農家の長男に生まれた。夜遅くまで田んぼで働く母の姿が、政治を志した原点だ。地元の農業高校から東海大に進み、卒業後は家業を手伝いながら、地元の若者と政治活動を始めた。米国に1年、農業の現状を視察に出たこともある。

 「日に日に弱っていく農村を何とかしたい」と自民党から出馬することを決めた。戦う相手は、かつて20年にわたり秘書として仕えた小沢一郎氏。00年に旧自由党から衆院比例区で当選して議員となった時も「小沢一郎秘書」と名刺に印刷していた。たもとを分かった理由は明言を避け、「自分の生き様と思って戦いを挑んだ」と語る。演説では小沢氏の持論の日米FTA締結への反対を力説し、政策の違いを浮き彫りにする。

 母と妻との3人暮らし。地元で獲れた野菜のジュースで選挙戦を乗り切る。趣味は釣り。釣った魚を自分でさばくこともある。いつか作ろうと切り抜いた新聞や雑誌の料理のレシピは、今やノート2冊分になった。座右の銘は「一念天に通ず」だ。

○瀬川貞清氏(59)共新

 岩手大在学中に、19歳で共産党に入党した。卒業後、5カ月間だけ、運送会社に勤務。その後は党で専従だ。国政選挙への挑戦は、今回が3度目。「みんなは1人のために、1人はみんなのために」。学生時代に惹(ひ)かれた考えは、今も変わっていない。

 まじめな学究肌で、周囲からは「学者」とあだ名される。趣味は天文学と郷土史研究。自宅には床から天井まで、壁がすべて本棚という部屋が二つある。休日は天文学の本を集中して読むことが「精神浄化になる」。先祖は修験者だった。地域のお堂の再建も考えている。

 世界的な景気低迷で脚光を浴びた小林多喜二の「蟹工船」を、流行に先駆けて手にしていた。「昔は親の収入、地位を子どもが追い越した。今は全く追いつけない」と怒りをあらわにする。

 党の政策以外でこだわりがあるのは農業問題。「絶対負けたくないというか、譲れない」。実家は農家で、今も管理を委託している農地がある。地域経済の再生には、農林漁業の再生が不可欠と考えている。

 奥州市内で妻と猫1匹とともに暮らす。3児はすでに巣立ち、長男の結婚式を投開票日の1週間後に控える。「選挙が終わったら、挨拶を考えなくちゃ」

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