現在位置:
  1. 2009総選挙
  2. ニュース
  3. 記事

総選挙、与党重鎮は地元張り付き 激戦、応援の余裕なし

2009年8月24日5時26分

印刷印刷用画面を開く

写真衆院選公示後初の日曜日。駅前の街頭演説には大勢の人たちが集まった=23日午後、千葉県柏市、本社ヘリから、川村直子撮影

 衆院選の投開票日まで23日で1週間となった。与党の劣勢が伝えられるなか、自民党や公明党はいつもなら応援で全国をめぐる党幹部や派閥領袖(りょうしゅう)など重鎮、人気のある衆院前職の多くも、自分の選挙で手いっぱいという状況だ。代わりに参院議員の舛添厚生労働相らが走り回る。

 「新聞を見ると『接戦だ』と書かれる。私にもよく分からん。東京から吹く『民主党政権に』という風のせいかと思うが、あんな無責任な政党に任せるわけにはいかない」

 森元首相は23日、地元・石川県小松市で約100人の支持者を前に、戸惑いをあらわにしながらこう訴えた。

 当選13回を誇る森氏。いつもなら党の重鎮として全国を行脚するが、今回は地元に張り付くのを余儀なくされる。対立候補の民主党新顔・田中美絵子氏に神経をとがらせ、小学校区単位まで張り巡らされた後援会組織をフル回転。陣営は「家族カード」の回収率を上げるよう指示を出し、各戸ごとの支持者数を片っ端から調べる徹底ぶりだ。

 森氏も属する自民党最大派閥・町村派会長の町村信孝前官房長官も、自身の選挙で苦戦し、派閥の所属候補を応援する余裕はない。解散以降、同派事務総長の中山成彬氏らの応援に入ったのはわずか数日。「派閥の幹部も、もはや応援に来てくれない」とこぼす所属議員も少なくない。

 地方選連敗の責任をとり、党選挙対策委員長を辞任した古賀誠氏。同委員長や古賀派会長として奔走していたが、今は地元の強い要請で福岡県の自身の選挙区に張り付く。

 選対幹部によると、古賀氏が公示後に地元で街頭に立つのは、小選挙区制で初の選挙だった96年以来13年ぶり。22日は「民主党に一人勝ちさせ、日本の将来がよくなるわけがない。自民党の灯をこの地から消してはならない」と悲壮感を漂わせて訴え、23日も7カ所でマイクを握った。

 また、05年の総選挙では「刺客」として注目を集め、昨年は党総裁選にも立候補するなど知名度の高い小池百合子元防衛相も、民主党新顔の江端貴子氏と激戦となっており、地元から動けない。

 派閥領袖クラスに代わり、フル稼働しているのは舛添厚労相らだ。党執行部は7月末に、参院議員の舛添氏や中曽根外相、林経済財政相の3閣僚を幹事長特別補佐に起用。衆院前職で、比較的安定した戦いをしているとされる石破農水相らも加わって、連日遊説に飛び回っている。

 とりわけ人気の高い舛添氏には、のべ250近い応援依頼が殺到。公示日に東京、神奈川で与謝野財務相ら8陣営の応援に入った後も、接戦区を中心に全国を回る。23日も街頭を中心に、8カ所で応援演説を行った。25日には福岡入りし、共に派閥領袖で元幹事長である古賀、山崎拓両氏のテコ入れを図る。

 一方、幹部が苦戦しているのは公明党も同じだ。

 「庶民のために働く人以外いらない。全くぶれないできたのは私だけです」。地元・東京都北区の駅前で太田代表は、約4千人を前に顔を真っ赤にして声を張り上げた。

 選挙区では参院議員から転身した民主党の青木愛氏らと戦う。7月の都議選では、北区で民主党が初めて複数議席を獲得した。他の候補者の応援にも入るが、陣営では「平日も地元と他選挙区との往復が続いている」。23日夕も、夏祭りの会場をはしごした。

検索フォーム