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渦巻いた不信、守り続けた議席失う 自民、壊滅的大敗

2009年8月31日3時24分

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写真北海道11区で落選し、涙を流す支持者に敗戦をわびる中川昭一氏=30日午後8時23分、北海道帯広市、吉本美奈子撮影写真厳しい表情で記者の質問に答える山崎拓氏=30日午後9時19分、福岡市中央区春吉、柏木和彦撮影写真険しい表情で報道陣の質問に答える丹羽雄哉氏=石岡市茨城3丁目写真テレビが流す福田陣営のバンザイの声を、厳しい表情で聞く久間章生氏=30日午後10時58分、長崎県諫早市永昌町、波多野陽撮影写真支持者へのあいさつを終え、車で立ち去る海部俊樹氏=30日午後9時39分、愛知県美和町、加藤丈朗撮影

 政権交代を望む有権者の思いが、現実になった。30日に投開票された衆院選で、自民党が公明党とともに民主党に壊滅的な大敗を喫した。元首相、党代表や幹部までが次々と落選。「国民を裏切った」「党の消費期限が切れた」と絞り出すような敗戦の弁が漏れ、党本部は凍りついた。一方、「歴史が動いた」とわきかえる民主も、不況や少子高齢化など難題が待ち受け、「308議席」の期待が重くのしかかる船出となる。

 「民主の嵐」の中で、自民党の元首相や派閥領袖(りょうしゅう)、閣僚経験者ら大物議員が小選挙区で次々と落選。国会を去ることになった議員が相次いだ。

 「感謝とおわびの言葉しかございません。これからまた一生懸命がんばって、ご恩返しをさせていただきたい」

 北海道11区内の帯広市の事務所で、支持者らを前に敗北に目を潤ませたのは、ローマでの「もうろう会見」で失態を演じた元財務兼金融相の中川昭一氏(56)だ。

 危機感が募った今回は地元に張り付いた。ミニ集会や各種会合に出席を重ねて「初当選以来の選挙戦」(陣営幹部)を展開。失態を謝罪し、「断酒宣言」もした。民主党の農業政策への批判にも力を入れたが、「批判ばかりで、自分自身は本当に反省しているのか」といった不信感も広がり、中選挙区時代から通算して8期26年間守り続けてきた議席を失った。

 群馬2区で敗北した党総務会長の笹川尭氏(73)は、党本部で報道陣に「自転車にのっているだけで事務所に誰もいないような者に負けるんだからしょうがない。(民主党の勝ち方は)人間業じゃないね」とぼやいた。

 福岡2区では、13回目の当選を目指した元党副総裁の山崎拓氏(72)が敗れた。事務所で「自民党として、国民の期待を裏切るような国政運営が積み重なったのではないか」と敗因を振り返り、支持者に深々と頭を下げた。派閥領袖もあらがえなかった党への逆風。自身の進退を問われると、「党の再建が優先。当面、引退は考えておりません」と言明した。

 79年以来10回連続で当選してきた元厚相の丹羽雄哉氏(65)は茨城6区で議席を失った。

 旧厚相を3度務めた厚生族の実力者。大きな敗因は、丹羽氏が導入を主導した後期高齢者医療制度だ。猛反対した県医師連盟が自民を離反し、民主新顔の応援に回った。落選後、報道陣に、消え入るような声で「私自身の力不足で自民への『暴風雨』から抜け出せなかった」と語った。

 9期務めたベテランで長崎2区の元防衛相、久間章生氏(68)も落選した。「残念。追いついて、追い越せたかと思ったが……向かい風が強すぎた」。選挙戦では、国営諫早湾干拓事業の重要性などを訴えた。「諫早の水害を知っている人ももう少ない。のど元過ぎればということじゃないか。20年、30年先のことを考えて政治を考える若い人が少なくなった」

 全国最多の17回連続当選を目指した愛知9区の元首相、海部俊樹氏(78)は、落選を受けて、半世紀近く身を置いた政界から引退することになった。「『生者必滅』という言葉がございますが、残念ながら、志と反して今日の結果を見てしまいました」。淡々と語った。

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