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新人を指南、「直電」で支え 小沢戦術、民主引っ張る

2009年8月31日3時34分

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写真福島2区で当選し喜ぶ民主党の太田和美氏(中央)=30日午後8時18分、福島県郡山市、小宮路勝撮影写真福島2区で当選し、万歳する民主党の太田和美氏(中央)=30日午後8時16分、福島県郡山市、小宮路勝撮影写真東京23区で当選し、支持者と握手をする民主党の櫛渕万里氏=30日午後8時51分、東京都町田市、戸村登撮影

 民主の小沢代表代行に担がれ、縁のない選挙区に舞い降りた「小沢チルドレン」が次々に小選挙区で自民のベテラン議員を破り当選した。その原動力は何だったのか。

 「長期政権の上にあぐらをかいた政治が行われてきた。それを変えたいという思いが届いた」。30日午後8時すぎ、福島2区で自民前職の根本匠氏(58)を破った民主前職の太田和美氏(30)は支持者を前に一気に語った。

 民主前職とはいえ、ここで立候補することが決まったのは1年前。25歳の時、千葉県議補選で「政治家デビュー」。偽メール問題で民主への信頼が失墜した直後の衆院千葉7区補選で、当時、代表に就いたばかりの小沢氏の後押しを受けて国会議員にジャンプ。国替えも小沢氏の指示だった。表向きの理由は「祖父母が福島県の会津若松市、母親がいわき市の出身だから」だが、両市とも選挙区外だ。

 ライバルは、地元・郡山市生まれの元建設官僚で6選を目指す根本氏。内閣府副大臣などを経て安倍内閣で首相補佐官もしていた。

 「福島に嫁入りしました」。小沢氏と初めて郡山入りしてから、師の言いつけ通り、街頭での辻立ちと握手、自転車遊説、トラクターでの農作業などをひたすら繰り返した。政策の中身にはほとんど触れず、訴えは「政権交代」。選挙情勢や励ましの言葉を伝えてくる「(小沢氏からの)直電」にも支えられた。

 日を追うごとによくなっていく反応は郡部でも際だった。その象徴が建設業者と農家だ。「市場原理重視の自民党政治で弱い者がいよいよ弱くなった」という建設会社の役員は根本支援から寝返ったうえに、同業他社にも太田支援を働きかけた。「その通りだよな」「民主が勝った選挙区だからといって公共事業がなくなっているわけではない」。反論はなかった。

 農業委員など地区の役職も経験し、「地方の保守」を自任する農業の男性(72)も似ていた。「民主になって急に戦争になるとか、生活が変わるわけでもねえ。ならば、政権を変えた方が少しはましな政治になるんじゃねえか」

 東京23区では民主新顔の櫛渕万里氏(41)が、当選9回にして元国土庁長官の自民前職伊藤公介氏(67)を破った。「今日は、日本にとって真の民主主義の元日だ」と櫛渕氏が言えば、陣営幹部は「政権交代、世代交代、女性。三つがそろっての勝利だった」と語った。

 NGO・ピースボート元事務局長。立候補を表明した昨年8月、支援者はほとんどおらず、小沢氏から「だからこそ、一人でも多くの人に会え」と指示を受けた。今年3月以降は小沢氏の秘書が3回ほど現地入り。「握手して名刺を渡して、きちんと話も聞くんだ」。一から指南を受けた。

 静岡県知事選や東京都議選があった7月、雰囲気が一変する。「これぐらいしかできないけど」。そう言って事務所に5千円、1万円とカンパを届けてくれる有権者が相次いだ。「50年間、選挙にかかわったが、こんなことは初めて」(陣営幹部の労組OB)というほど勢いがついた。

 町田市に143億円の予算が確保された――伊藤陣営が選挙戦で利益誘導をPRしても、業界団体から櫛渕事務所への「推薦状」は止まらなかった。飲食業、理容業など6枚。ある業界幹部は先を見越していた。「両方の推薦は初めて。民主政権になった時、選挙後に関係を作るのでは遅いから」

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