現在位置:
  1. 2009総選挙
  2. ニュース
  3. 記事

自民119議席 険しい再建

2009年8月31日7時17分

印刷印刷用画面を開く

 自民党は1955年の結党以来、経験したことのない歴史的惨敗――。2代続けての「政権投げ出し」の後に就いたのに、まだ「責任力」を誇示する麻生首相の訴えは、「政権交代」のかけ声にかき消された。63年の石橋湛山氏以来46年ぶりに首相経験者が敗れたほか、党幹部、派閥領袖(りょうしゅう)も相次いで落選。結党以来守ってきた「衆院第1党」の座も滑り落ちた。あまりの惨憺(さんたん)たる結果に、党の立て直しの展望すら描きようがない。

 「経済対策道半ば。はなはだ断腸の思いだが、自民党に対する積年の不満をぬぐい去ることができなかった。宿命と思って甘受しなければならない」。30日午後10時すぎ。「政権交代」が確実な情勢になり、自民党本部に姿を現した麻生首相は、テレビ番組に出演、厳しい表情を浮かべながら、こう敗戦の弁を述べた。

 首相の盟友で、現政権を支えてきた自民党の菅義偉選挙対策副委員長も30日夜、「歴史的な大敗北だ。国の未来を私どもは描き切れていないということだ」。開票が始まった8時すぎのテレビ番組であっさりと白旗をあげた。

 これまで党が記録的に大敗したのは93年。選挙前に羽田孜、小沢一郎両氏らが飛び出して自民党が分裂、非自民8党派による政権交代を許した時だ。その時でさえ自民の獲得議席は223だったが、今回は、その過去最低議席を大きく割り込む壊滅的敗北だ。

 麻生首相は昨年9月に「選挙の顔」として党総裁に選出。直後の臨時国会での解散を期待されたが金融危機への対応を理由に解散を先送り。この判断について麻生氏は「政策を政局より優先させたことは間違っていなかった」と強調した。しかし、漢字の読み間違いに加え、郵政民営化や定額給付金などで発言が二転三転。起用した閣僚が不祥事で辞任することなどもあって、支持率は急落した。

 麻生氏が解散を宣言した直後に党内で「麻生降ろし」が激化し、総裁選前倒しなどを求める署名活動も起きた。それをしのぎ、ようやく衆院解散にこぎつけ、40日間という過去最長の選挙日程を設定。「政治はばくちでもギャンブルでもない」と政権交代ムードを牽制(けんせい)する一方、半年間で4度の予算編成で景気対策を打ったことを強調した。また、民主党と日教組の関係や同党支持者が日の丸をつないで党旗を作ったことを執拗(しつよう)に攻撃した。だが、有権者の答えは「自民退場」だった。

 自民惨敗の原因はどこにあるのか――。麻生氏は30日、「これが敗因だったとなかなか一言では言えない。自民党に対する積年の不満やら不信が積み重なった」。当選した石破農林水産相も「自民党に対する失望感が今回の政権交代の嵐の本質だ。内輪の論理を排した党でなければ立ち直れない」と分析した。

 党は総裁選を実施したうえで党再生を図ることになる。

 麻生首相は「総裁をすみやかに辞任する」と表明する一方、総裁選日程について「首相指名の後、地方の党員党友の意見を聞いて選挙を行う」と特別国会召集後に総裁選を実施する考えを示唆。自らの再出馬にも「お答えすることはありません」と言葉を濁した。

 だが、総裁選が特別国会後となれば、自民党所属議員は首相指名で「麻生太郎」と書くことになる。党内では、敗軍の将・麻生氏への猛反発が起き、総裁選日程をめぐって混乱する可能性もある。

検索フォーム