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《総選挙 どこ見て選ぶ:下》「官」とのつきあい方

2009年7月2日

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 「日本は官僚が(議員の)質問取りを行うそうだが、よくない慣習だ。官僚を関与させたら、官僚主導の答弁を用意されてしまう。それでは政治的決断を下せない」

 6月9日、ロンドンの英国会議事堂。英国の政権運営を調べるため訪れた民主党の菅直人代表代行に、プレスコット前英副首相が忠告した。

 質問取りとは、官僚が国会で質問を予定する議員から、事前にその内容を聞き出すこと。それをもとに、首相や閣僚らの答弁書をつくる。

 プレスコット氏には、この慣行が奇異に映ったようだ。橋本政権で厚生相を務めたこともある菅氏ら一行に「あなたたちは官僚政治家ではないか」と皮肉を飛ばした。

●民主、議員が軸の「操縦型」

 それでも菅氏は会談後、我が意を得たりとばかりに記者団に語った。「『脱官僚』の内閣をつくり、国会運営をする大きな示唆を受けた」

 民主党は「脱官僚」を政権交代のキーワードに掲げる。国民への直接支給を重視する歳出手法、事業見直しによる財源確保――これらに基づくマニフェストの実現には、官僚からの抵抗も予想される。だからこそ官僚を政治から切り離し、政治主導を強めることが必要、というわけだ。

 政権をとれば、最初の5日間で党幹部による内閣中枢チームを立ち上げ、30日以内に閣僚や副大臣の予定者を決める――。初めてマニフェストを掲げた03年の総選挙で、党代表だった菅氏は新政権発足の工程表を示した。

 党政調会長が官房長官になるなど党の幹部を政府に入れ、官邸と各省に入る政治家を増やす考え方は、今でも民主党の基本戦略だ。昨年春には政策の企画立案から国会対策までを担えるよう、100人程度の政治家を政府に入れる構想をまとめた。

 ただ政権交代が現実味を帯びてきたなかで、事務次官会議の廃止や各省庁の局長以上を政治任用とすることなど、かつて浮上した過激な構想は消えた。代わりに、従来の政策と整合性を保ちながらマニフェストを具体化させるため「官僚組織の経験や知識は大いに使う」(菅氏)という発想が主体になりつつある。

 例えば、民主党の目玉政策である高速道路の無料化。政府が高速道路会社に補助金を入れて実施した「休日一律1千円」の手法をまずは踏襲し、当初はETC搭載車に限ってでも、無料化を実現させる構想を温める。

 政権獲得後すぐ公約を実行するには、官僚の知恵を借りて既存の政策に乗るのが近道だ。その後、時間がかかる予算の枠組みや制度の見直しに着手する手順を踏めば、完全無料化は見えてくるというわけだ。子ども手当や農家への戸別所得補償も、官僚に協力させながら制度を設計していくことになる。

 言論NPO(工藤泰志代表)が1日に開いた討論会で、長妻昭政調会長代理はこう強調した。「官僚の手綱を握るということが、最大の総選挙のテーマだ」

●自民、政策や調整「依存型」

 6月18日。農林水産省の井出道雄事務次官が会見で、民主党提出の戸別所得補償制度創設法案を「現実的でない。食料自給率の目標だけが独り歩きする」などと評した。

 民主党はこれに「官僚は公平中立でないといけない。英国なら即刻クビだ」(鳩山代表)とかみついた。井出氏は「民主党の政策をすべて批判をするとか、政治的中立性を侵すものではない」と釈明したが、菅氏は収まらない。28日の街頭演説で井出次官の発言を取り上げ、「日本政治は霞が関の官僚が権力を握りしめている。それを変えられないのが今の自民党の政治だ」と、政権交代を訴えた。

 各省の次官の会見は、原則として月曜と木曜の事務次官会議の後。1886年から続いているとされるこの会議は閣議前日に開かれ、閣議決定する各省の案件を事前に調整する役割を果たしている。

 行政の最高意思決定を行う閣議の前に官僚トップの会議にはかり、決める内容を点検する狙いがある。こうした仕組みのもとで、自民党は政策の企画や立案、党内の調整まで官僚に頼ってきた。

 また、特定の政策に強い族議員が官僚と組んで、予算要求などで政府に圧力をかける。6月23日に閣議決定した「骨太の方針09」も、社会保障費の抑制枠撤廃を求める厚労族議員が反発し、2回にわたり党の最高決定機関である総務会了承を拒否。政府は「撤回宣言」を強いられた。

 官僚に政策づくりを頼り、族議員と官僚との二人三脚で予算配分を決めてきた自民党政権でも、政治主導を目指して「政と官」の間にくさびを打ち込もうという試みが、なかったわけではない。

 小泉政権は、経済財政諮問会議を舞台に民間人の知恵を採り入れ、道路政策や医療制度改革などで与党や官僚の反発を押し切った。安倍政権では、首相の力を強めるため、首相補佐官の5人の枠をすべて埋め、4人は国会議員を充てた。ただ、高支持率を背景に小泉官邸の意向は通ったが、役割が重なる閣僚との摩擦が生じた安倍官邸では、補佐官が政策を発信しても与党・官僚が動かなかった。

 現在も「脱官僚」を説く自民党議員はいるが、その代表格で行政改革担当相を務めた渡辺喜美氏は1月に離党した。中川秀直元幹事長も執行部とは距離を置いている。

 今国会では公務員制度改革関連法案が長く放置されるなど、自民党や麻生首相が「官」の問題に本腰を入れてきたとは言えない。首相は4月、新人の国家公務員に訓示した。「私は公務員の優秀さを疑ったことがない。問題があるとするなら、公務員を使いこなせない政治家に問題がある」。官僚頼みの姿勢は、当面は変わりそうにない。

■官の知恵から政の説得力へ

 半世紀以上にわたり自民党が日本の国政をリードできたのは、優秀な官僚の力による面が大きい。「官」の知恵と「政」の力が結びついて、効率よく所得が再配分され、国の発展を支えてきた。

 しかし、社会保障費が膨れあがって国の財政が悪化するなか、前例主義にしばられがちな「官」の知恵も限界にきている。そこで求められるのが、国民に対する説明責任を負った「政」の発想だ。

 説得力のある発想は打ち出せるのか。その実現のため、どのように「官」の力を活用していくのか。政権選択がかかる総選挙に向けたマニフェストでは、こうした点も問われている。(矢部丈彦)

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