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《地殻変動:3》自民も風頼み 若さだけが頼り

2009年7月24日

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写真衆院滋賀4区で自民党から立候補予定の武藤貴也氏。集いには支援者と握手をしながら登場した=19日、滋賀県近江八幡市、日吉健吾撮影

 政治経験のほとんどない若者を、自民党が候補者に選んだのは苦肉の策だった。

 解散直前の日曜日。「むとう貴也くんを励ます女性の集い」で、滋賀4区の武藤貴也氏(30)はスタッフとそろいの青いTシャツ姿で受付に立ち、「武藤、本人です」と頭を下げた。

 「初めて会ったときは、何とかわいい僕ちゃんやなと」「お姉さん、お母さん、ガールフレンドになってお力を」。地元の市長や県議らが軽口で聴衆を引きつけ、武藤氏は登壇者とぎこちなく握手を繰り返した。

 まだ29歳だったこの4月、全国公募で選ばれた。北海道出身。高校卒業後、5年間のアルバイト生活で資金をためて東京外大へ。京都大大学院で国際政治を学んでいた07年9月、滋賀県議会で嘉田由紀子知事の与党である少数会派の政策スタッフになった。

 滋賀4区は琵琶湖東岸の田園地帯に広がる選挙区だ。民主党は町議や県議などを経験した前職の奥村展三氏(64)が立候補を予定している。総選挙ではこれまで3回連続で、やはり町議・県議OBの自民前職が奥村氏と戦ってきた。自民前職は昨秋に引退表明。その三男を公認予定だったが、不明朗な政治資金問題をきっかけに辞退した。

 公募の背景には、自民党への世襲批判が噴き出したこともあった。自民党員でない武藤氏も「自分には地盤も看板もない。逆風の時しか出られない」と踏み切った。

 全国から19人が応募した。県議らによる選考委員会で、地元出身の静岡県議(37)らに絞られ、決選投票になった。党滋賀4区支部幹事長の家森茂樹県議(57)は、地方議員として政治経験のある人物を選ばなかった理由をこう解説した。「逆風では普通の選挙をやっても厳しい。武藤氏なら手の届かなかったところからも票が期待できる」

 この1年、「30代市長」が相次いで誕生。6月の千葉市長選では告示1カ月前に擁立された熊谷俊人氏(31)が全国最年少の市長になった。

 東京都議選でも告示10日前に公認された26歳が当選して話題となった。いずれも民主党系で、自民逆風の象徴とみなされた。熊谷氏は今、「同じ感覚を持つ身近さ、閉塞(へいそく)感を打ち破る期待感が求められた」と、自らに寄せられた「風」をこう分析する。

 その風は、自民党の武藤氏にも吹くのだろうか。

 自民党では、小泉元首相の次男進次郎氏(28)の次に若い立候補予定者である。武藤氏の後援会はまだ十分に整っておらず、スタッフの多くは大学などの仲間たちだ。

 風の行方は読めないが、「女性の集い」では千葉市長選などを引き合いに出して訴えた。「若い世代が次々当選している。都議選で自民は大きく議席を減らしたが、若い世代は当選した。私もこの流れに乗る」

 自民党の候補者といえば、官僚、地方議員、世襲が代表的な供給源とされてきた。陣営幹部も「かつての自民党では考えられなかった選択だが、若い人を選んだのは間違いではなかった」と力説した。

 衆院が解散した21日。麻生首相は自民党本部で、公認証を一人ひとりに手渡した。40歳未満の公認候補者は解散時31人。武藤氏に、首相は「絶対負けたらだめだ」とひときわ力強く声をかけた。

 「麻生首相には普通の人とは違うオーラがあった」。武藤氏は23日、その首相と並ぶ図柄のポスターが張られた街中で、「若さが新しい政治の流れをつくる」と訴えた。

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