現在位置:
  1. 2009総選挙
  2. 特集
  3. 記事

《ルポ決戦前夜:4》YKK、それぞれの道

2009年8月11日

印刷印刷用画面を開く

図

■再編視野「やることある」

 8月4日、加藤紘一(70)は北海道岩見沢市を訪れた。4年前、郵政民営化を争点に解散に打って出た小泉純一郎(67)のもと、大量当選した小泉チルドレンの一人、飯島夕雁(45)の後援会が開いたセミナーの講師役だった。

 「市場原理主義に支配された10年だった。もう一度、農村集落を取り戻す政治にすべきだ」。加藤は淡々と「脱小泉路線」を説いた。

 90年代、自民党で小泉、山崎拓(72)と「YKK」の関係を築き、「竹下派支配」の対抗勢力として発言力を強めた。しかし、00年秋、森内閣不信任決議案に加藤と山崎が賛成の動きを見せた「加藤の乱」を機に、「友情と打算の二重構造」(小泉)というYKKの2人の「K」の間に、大きな溝が広がる。

 森派会長として加藤らを抑え込んだ小泉は半年後、首相に就き、5年超の長期政権を担った。逆に加藤は02年、元事務所代表の脱税事件をめぐり議員辞職。翌年、国政復帰したが、表舞台から離れた。

 小泉政権時代は批判を抑えた加藤は今年4月、「劇場政治の誤算」を出版。自民党に小泉路線からの決別を促す一方、飯島らチルドレンの選挙区を行脚する。民主党政権になっても、いずれ政界再編が起きる。その時に備えた受け皿を――。総選挙を前に一部のチルドレンは離党や立候補断念に追い込まれたが、「彼らは貴重な人材。(落選しても)長い目で考えろと話している」と加藤。「小泉なき政界」での足場固めが狙いだ。

 麻生首相の衆院解散表明直後、加藤は東京都議選総括のため、両院議員総会開催を求める署名活動を呼びかけた。小泉改革を支えた中川秀直、武部勤の両幹事長経験者との連携に、支持者も首をかしげたが、「麻生降ろし」を望んだチルドレンら党内の中堅・若手への助け舟と見れば、説明もつく。

 4日夜、北海道から地元の山形県酒田市にとんぼ返りした加藤の決起集会。冒頭、巨大スクリーンに加藤の訴えが上映された。「まだやることがある。まだやらなければならないことがある」

     ◇

山形3区(鶴岡、酒田市など)

加藤 紘一 70自前 〈公〉

長谷川 剛 31共新

吉泉 秀男 61社新 〈民〉〈国〉

城取 良太 32諸新

(カッコ囲み政党は推薦)

■「豊かな経験」アピール必死

 猛暑に見舞われた6日午後、山崎は福岡市郊外の住宅街の一軒家で、約10人の支持者と向き合った。話題は近くの駅の高架化や再開発事業。地元の関心事ばかりだった。

 幹事長、首相補佐官として小泉政権を支えた山崎。前回郵政選挙では「小泉の盟友」を前面に現行制度で自身最高の13万6千票で当選した。加藤と同様、総選挙後の政界再編を志向するが、自民党への逆風が突き刺さる今回は議席を守るので必死だ。

 「変えないかん」と訴える民主党の稲富修二(38)に対し、山崎は「政治経験」をアピール。街頭でも「経験豊かな責任力のある自民党、山崎拓です」と呼びかける。

 系列の地方議員と地元回りに徹し、慣れない朝夕の街頭演説にも立つ。3日には、公明党代表の太田昭宏と九州電力本社を訪問。公明党と繰り出した街頭演説では「比例区は公明党で戦い抜く」。なりふりかまってはいられない。

 山崎が地元回りで汗を流していた6日、小泉は神奈川県藤沢市で講演した。「たまには野党になってもいい。野党も与党の苦しさを味わった方がいい」。YKK時代に区切りをつけ、なお政界で存在感を示そうとする加藤、山崎とは対照的に、そこには角が取れた元首相の姿があった。=敬称略(林尚行)

     ◇

福岡2区(福岡市中央、南、城南区)

山崎  拓 72自前 〈公〉

稲富 修二 38民新 〈国〉

小林 解子 29共新

佐竹 秀夫 55諸新

検索フォーム