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《ルポ決戦前夜:5》焦る「道路族のドン」

2009年8月12日

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写真秘密の会合を中心に支持を訴える古賀誠氏が珍しく、地元の夏祭りに顔を出し、炭坑節を踊った=7月25日、福岡県大牟田市、岡田玄撮影

 1日、生家がある福岡県みやま市(旧瀬高町)で開かれた女性だけの会合で、自民党選挙対策本部長代理の古賀誠(69)が熱弁をふるった。

 「道路を造れば『誠道路』、橋を造れば『誠橋』と批判される。東京の人は公共交通機関を利用できるが、田舎には車が必要だ。田舎を豊かにする必要がある」

 運輸相や自民党道路調査会長を務めた古賀は、「道路族のドン」と呼ばれる。実際、選挙区の大牟田市から延びる有明海沿岸道路は「誠道路」、八女市の朧(おぼろ)大橋は「誠橋」という異名を持つ。古賀の力の象徴となっている。

 道路特定財源が焦点になった昨年の通常国会で、民主党がこれらをやり玉に挙げた。視察した民主党代表代行の菅直人は、衆院予算委員会で「有力な道路族がいるところが優先されているように見える」と皮肉った。

 そんな声をよそに古賀の地元での「実績」は拡大する。今年3月、九州自動車道みやま柳川インターチェンジが開通。九州新幹線が全線開通する2年後には、選挙区内に駅が二つできる。

 1日の女性の会合では、アニメ「サザエさん」のこんな替え歌が披露された。

 ♪全国各地を走ってる/誠ちゃん/なんでも解決/うちらの誠ちゃん

 沿岸道路もー/開通しましたよー/ルールルルルッルー/今日もいい天気ー

 2番と3番のサビは、こうなる。

 ♪みやまインター/便利になぁったよー ♪新幹線もー/もうすぐ走るよー

 古賀は、歌って踊る支援者の顔と、後援会名簿を見比べていたという。

■地元張りつき 実績誇示

 選挙の責任者、派閥の領袖(りょうしゅう)にもかかわらず、古賀は地元に張り付いている。7月12日の東京都議選直後に選挙対策委員長を辞任したのも「自分の選挙に専念したいから」との憶測を呼んだ。

 「古賀さんが、『助さん』『格さん』を連れて一軒一軒回っている」。みやま市では市長と市議と一緒に回る姿が評判になった。2年前の市長選で、古賀は市長の対立候補を推して惨敗。「みやま市は生まれ育った場所なのに『反古賀』が多い。市長を連れ回すことで流れを変えようとした」(選対関係者)。

 支持者の高齢化に加え、2年前の総裁選で地元の麻生太郎ではなく福田康夫を推し、県議との間に溝ができた。古賀は麻生政権になってからの10カ月間、学区ごとに有力者を口説き、麻生に近い有力県議に頭を下げ、後援会の立て直しに力を入れた。

 必死になるのは、古賀の足元から火がついたから。民主党が、秘書として古賀に7年間仕えた前八女市長の野田国義(51)を擁立した。野田は秘密裏に会合を重ねる古賀の選挙手法を批判。自らは連日のように辻立ちをして、道行く運転手に「税金が正しく使われる、利権のない国政にチェンジしましょう」と訴えている。

 古賀は初当選した80年、「30年計画」を立てたとされる。10年間は地元中心に活動し、次の10年で大臣を務めて中央政界で力を持ち、最後の10年間で国家・国民のために働く――。その計画通り、古賀は閣僚や党幹事長などの要職を務めた。ただ、自民党の逆風下で時計は逆戻りした。

 11日夜、大牟田市での会合で、古賀は何度も繰り返した。「このふるさとなくして、政治家・古賀誠はない」=敬称略(蔵前勝久)

    ◇

福岡7区(大牟田、柳川、八女市など)

古賀  誠 69自前

野田 国義 51民新 〈国〉

林  孝宣 47諸新

(カッコ囲み政党は推薦)

    ◇

 〈道路族〉 自民党道路調査会や国土交通部会の有力メンバーで、道路整備など公共事業予算に大きな影響力を持つ。関係業界の支援を得るため、地元に事業を誘致することを政治力の源泉とした。とくに、田中角栄氏らが50年代に創設した道路特定財源の配分をめぐり、力を発揮した。

 道路調査会長は、田中派の流れをくむ旧竹下派が長年にわたって独占したが、01年から4年余りは堀内派の古賀誠氏が務めた。

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