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《党首がゆく:自民党・麻生太郎総裁》歴史からの評価 信じて強気

2009年8月20日

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写真東京都内の商店街で、活性化について商店主らの話に聴き入った=河合博司撮影図

 ハムレット型とドン・キホーテ型に人間を大別したのは文豪ツルゲーネフだが、首相に就いてからの麻生はほとんど前者だった。側近が言うことを聞いては悩む。衆院解散は延びに延びた。

 ドン・キホーテ型に急変したのは7月。もっと先に延ばせ、いや辞任だという党内の声を振り払って解散した。ドン・キホーテの向こう見ずには世の不正をただすという理想があったが、麻生が追い求めるのは「歴史からの評価」である。明治維新の立役者たる高祖父の大久保利通、戦後日本の基本路線を敷いた祖父の吉田茂が得たように。

 現状、不人気は否定しようもない。下がったままの内閣支持率、自民党だけ表紙に党首の写真がない政権公約の冊子。ちまたでは民主党の政権奪取がもはや自明のことのように語られてもいる。

 さぞ苦しいばかりの胸のうち――かと思えば、実はそうでもない様子がある。

 解散を決めた直後、御厨貴東大教授のインタビュー記事を読んだ麻生は周囲にこれを示し、「よくわかっている」と言った。記事いわく「吉田茂が終戦に際して言った『負けっぷりをよくする』ではないが、『グッドルーザー』ということではないか」「決断しない首相と言われたが、唯一決断したと後世言われるかもしれない」。自民敗北が前提の話にもかかわらず、麻生はご満悦だったという。

 冷戦が終わり、経済の右肩上がりも過ぎた。自民党政権が当たり前の時代から、政権選択の時代へ。それが止めようもない歴史の歯車なら、解散による決定的なひと押しにあえて踏み切れば、後々必ず評価される。そう考えたに違いない。安倍、福田の2人には出来なかったという思いも混じっているだろう。

 いや、負けは織り込み済みだというのではない。本人は周りが驚くほど強気なのだ。演説では「我々は真の保守党。家族や郷土、国旗を守る」としきりに「保守」を強調し、解散直後には地元福岡の関係者に「昔の自民党に戻す。小泉路線を転換する」と言い切ってもいる。

 「日本の底力に自信を持たねばならん」。戦後このかた自民党で立派にやってきたじゃないか、よその党と取りかえるのは本当に今この時なのか――。そんないら立ちとも戸惑いともつかないものが、演説からのぞく。「良き敗者」論にうなずきながらも、まだまだ「自民党の底力」を信じて気負う麻生がいる。

 「8月を日本を考える1カ月にしてほしい」。解散から投開票まで異例に長い40日、その時間は有権者に、そして歴史に、どんな働きをするだろうか。=敬称略(蔵前勝久)

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