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《党首がゆく:民主党・鳩山由紀夫代表》変革へ 祖父の党に弓を引く

2009年8月20日

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写真全国を飛び回る日々が続く中、妻・幸さんとの朝食の時間が唯一の息抜き=細川卓撮影図

 あの時も暑く、そして熱い夏だった。

 76年、建国200年に沸き立つ米国に鳩山はいた。長髪で、さえない風体の科学者である。政治家の家系にありながら、そこから身を遠ざけていた鳩山を今ある姿へ向かわせたのは、独立記念日を祝う人々の歓喜の渦だった。

 あれから33年、その米国は当時に増して沸きに沸いた。オバマ大統領の誕生――理念のもとに集った壮大な実験国家の新たな到達点である。この一大ドラマに心を動かされなかった政治家がいるはずもない。まして鳩山、くしくも同じ年に、日本の転換点になるかもしれぬ総選挙を首相候補として戦うことになった。

 蝉(せみ)時雨が包む東京・谷中霊園。今月7日、祖父の鳩山一郎の墓に赴いた鳩山は深々と頭を下げて動かなかった。

 「自民党の現在の姿は、決して彼が当時望んでいた姿ではないのではないか。祖父が生きていても私の行動を認めてくれたのではないか」

 祖父がつくった自民党、そこを飛び出て弓を引く役回りに、鳩山は複雑な思いを持っている。一郎が初代自民党総裁だった頃、日本は戦後復興の途上にあった。貧しいけれど、みんな支え合って懸命に生きていた。「生活が第一」は言うまでもなく、政治とはそういうことだった。

 経済大国と言われ、平和と繁栄を享受するまでになったのは自民党の功績ではある。だが市場主義と競争が奨励され、その末に格差は広がった。年に3万人が自殺する現実もある。鳩山は月刊誌で「切り捨てられた経済外的諸価値」の復権を説き、それは政治の責任だと書いた。「絆(きずな)」「居場所」と鳩山が盛んに言うのは、そのことである。

 名門一族の長男にして政界屈指の資産家だけに、その弁がどこか生活実感を欠いて響く嫌いはぬぐえない。「愛」という扱いの難しい言葉を頻繁に使うことも、あるいは手伝っているかもしれない。

 それでも鳩山は、庶民宰相と呼ばれた一郎が庶民ではなく、自分もまた庶民になれないことはよくわかっている。だからせめて心を寄せる謙虚さは保ちたいと言い聞かせているようで、人はなべて「人知を超えたものに生かされている」とよく口にする。政界を志した頃に妻とそろいで買った安物の指輪を放さないのも、自分を戒める意味があってのことだろう。

 野党が弱かったから自民党を駄目にした、今こそ政権交代可能な二大政党制を――。オバマ大統領を「存在そのものが友愛精神」と見るところがいかにも鳩山だが、日本でも政治の風景を変えるべく、いま時代の切っ先に立つ。=敬称略(村松真次)

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