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《党首がゆく:社民党・福島瑞穂党首》党再建へ 「人の涙」に寄り添う

2009年8月24日

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写真8月15日の正午、東京・千鳥ケ淵戦没者墓苑で黙祷(もくとう)する=相場郁朗撮影図

 23歳になる娘がいる。弁護士の夫とともに育ててきた。この夏に出した著書に、こうつづっている。

 「子どもを生んだときも結婚届は出さなかった。夫婦別姓で、子どもは婚外子」「愛情がなくなって関係が壊れたときに、国家が『あんたたち夫婦』と言ってくれることに、どんな意味があるのか」

 こんな思いで、選択的夫婦別姓の導入の旗を振る。「婚外子」が遺産相続で差別される現状を、婚外子の母親として改めたい。

 野党第1党のころの社会党を知らない。90年代の自民党との連立の現場にもいなかった。テレビの売れっ子「市民派弁護士」から参院議員になったとき、党はすでに社民党だった。労働組合は民主党へと雪崩を打ち、かつて200人を超えた国会議員は30人を切っていた。

 「政治の世界は権力を持った芸能界みたい」。議員になりたてのころ、そう思った。封建的で男尊女卑だし、世襲も多い。それでいて、実力主義の人気商売で、女性にも座長を張らせるからだ。

 でもまさか、わずか5年で自分が座長になるとは思わなかった。止まらない党勢の低迷と人材の流出が、当選1回の党首を生んだ。

 じり貧のまま、いま民主党との連立が視野に入る。党内に慎重論は残るが、衆院選の候補者37人は肯定派ばかり。でも、民主党のひとり勝ちでは、連立の先に党の未来を描けない。二大政党制で、少数の声がかき消される政治でいいはずもない。

 「だから、社民党が頑張るのだぁ」。選挙戦では、民主党がマニフェストの表紙に掲げる「政権交代」という熟語を安易に口にしない。「政権を変えよう」と唱え、「労働者派遣法の野党改正案は社民党が民主党を説得した」「憲法9条を守るなら社民党へ」と民主党との違いを訴える。

 8月半ば、日本外国特派員協会でも、「唯一の脱原子力の政党です」などと独自性を宣伝した。なかで、一度だけ詰まった。党の支持率の低さの原因を聞かれたときだ。

 「毎日、毎日、それを考えている」。そう答えてから挙げた打開策は「社会党も社民党も知らないところに支持を広げること」だった。

 一案を選挙で試みている。元派遣労働者(比例東京)ら、非正規雇用者の擁立だ。雇用重視の党として、現場を知る者を国会へ送りたい。

 オレンジ色のつなぎ作業服の候補者が、自動車会社でモノ扱いされた体験を語る。傍らで聞きながら思う。

 「政治は人の涙に直結している」

 議員経験を重ねて、初めて実感できたことだ。(編集委員・坪井ゆづる)

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