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《党首がゆく:国民新党・綿貫民輔代表》「最後の美学」 小泉改革を問う

2009年8月25日

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写真地元・富山県南砺市の農協前で演説後、ひとりひとりと握手を交わす=細川卓撮影図

 野球帽をかぶり、少し頬(ほお)を紅潮させた初老の男性が、何度も何度も右のてのひらをズボンにこすりつけている。

 綿貫との握手を待っているのだ。

 ゆっくりと歩み寄った綿貫が悠然と右手を差し出す。男性は両手で握り返し、深く腰を折った。ありがたや、と声が聞こえてきそうである。綿貫の背筋はまっすぐ伸びたままだった。

 ここ富山の地元選挙区で、綿貫の支持基盤は恐ろしく固い。連続13期、40年間も議席を守って「綿貫党」と呼ばれてきた。もみじマークを張った軽トラックや自転車で駆けつける支持者は、多くが投票用紙に綿貫以外の名を書いた記憶がないという。

 泥のついた長靴、建設会社の名前が入った作業着、赤銅色の肌に深く刻まれた皺(しわ)。背後に広がる一面の田畑、その鮮やかな緑――。

 これこそ自民党が長く守ってきた日本だと綿貫は思う。敗戦の焼け野原からみんな働きに働いてここまでやってきた。お年寄りを大事にし、よその子も遠慮なくしつけ、身体の不自由な人がいれば支えあう。今で言う共生社会そのものではなかったか、と。

 ずたずたにしたのが首相だった小泉であり、閣僚としてその路線を推し進めた竹中平蔵だと語って、綿貫は今も怒りが収まる様子がない。政権公約を競う総選挙? 冗談ではない、小泉改革が間違っていたことを実証する選挙なのだという。

 4年前、郵政民営化こそ改革の本丸だという小泉に刃向かって党を追われた。だが結果はどうだったか、競争主義がはびこってすっかり荒廃した世の中ではないかと綿貫は言うのである。

 「日本の背骨を今こそ正さなければならない」

 確かに小泉路線の後遺症は今でこそ盛んに言われている。だが世間がその路線を熱狂で迎えたこともまた間違いない。さめて後の光景に息をのむ感はあれ、「自民党がいた日本」の安寧はこのままでは続くまいと観念もしていよう。綿貫の戦いは、過渡期の難しさとの戦いでもある。

 高齢を押しての真夏の選挙戦だが、これまで引退の2文字がまったく頭をよぎらなかったわけでもないらしい。それでも自分がつくった国民新党、結局は仲間と運命をまっとうする道を選んだ。

 「男の、最後の美学です」

 党のテレビCMでは唱歌「故郷」が流れる。

 志をはたして いつの日にか 帰らん――。

 良しあしでなく、いや応もなしに、時代は変わる。戦いを終えた時、この愛惜に満ちた歌は綿貫にどう響くことだろうか。=敬称略(高橋純子)

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