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《誰がために穂は実る:1》揺れるコメ票田 「変える」民主、「守る」自民

2009年8月29日

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写真新潟の棚田で育ったコシヒカリが炊きあがると、店頭にも甘い香りが漂う=17日午後0時5分、東京都千代田区の「新潟本舗ふるさと屋」、水野義則撮影 図

 17日正午。東京・神田の駅近くの路地にある「新潟本舗ふるさと屋」の前に長い列ができた。OLやサラリーマンの目当ては、新潟の棚田でとれた炊きたてのコシヒカリが盛られた350円の弁当だ。

 「ご飯もおいしいし、安い。もうコンビニの弁当は食べられない」「新潟のお米は高いイメージがあるから、得した気分」。わずか1時間半で250食が売り切れた。

 都内ではいま、「米のうまさ」を打ち出す弁当店が競い合う。理由を別の弁当チェーン店の担当者が教えてくれた。「みんな、安いものを探してはいても貧相なものは食べたくないんです。日本人の食はやっぱり米に行きつく」

 同じ日の新潟県上越市。水田はいま花の季節だ。青く波打つ稲穂の先はほのかに白く色づく。ここが「ふるさと屋」で扱う米のふるさとだ。

 ただ、生産者は農家ではなく土木業の「頸城(くびき)建設」だ。農道整備などを中心に10年前までは年商が15億円あったが、政府の公共事業見直しに直撃されて売り上げは下降の一途。08年には5億円台にまで落ちた。「雇用を守るための新規事業を」と小池保信社長(64)が03年から米作りを始めた。

 いま耕作面積は約8ヘクタール。それが五つの山、130枚の棚田などに散らばる。貸手は、草刈りや水の管理などが手に負えなくなったお年寄りばかりだ。

 「米のフェラーリといわれるような最高級品を」と有機栽培を手がけ、販路開拓に励んだ。田んぼに組んだ木枠に稲穂をかけて天日干しした新米を航空会社が運営する通信販売や高級料亭に卸すと5キロで8千円以上になった。ふつうのコシヒカリなら5キロで1400円前後にしかならない。

 この過程で、小池社長は農業の現状に疑問を抱く。周囲の農家に「無農薬栽培をやろうよ」と持ちかければ「手間がかかる。ふつうに作って農協に売れば補助金が入る」と断られたし、稲作面積3割分の「減反」も求められた。「農地の荒廃を防ぐために参入したのに『米を作るな』って矛盾してませんか」。結局、減反せずに「米を作っていない他の農家の作付面積分」を買い取っている。

 「民間企業なら当然のマーケティングの思考が骨抜きにされている。いい米作って高く売って夢のある農業をやろうっていう農家が増えないと、田んぼは消えていく」

 減反や農協に縛られず自由に米作りをしたい――。宮城県美里町の大子田(おおごた)利夫さん(62)も小池社長と同じ思いでいる。

 作り手のない水田を1ヘクタールあたり年18万円で賃借して計20ヘクタール。主に減農薬の「ひとめぼれ」を作り、その大半を関東の生協連合会や近くのスーパー、個人向けのネット販売などで5キロ1300〜2200円で売っている。そんな大子田さんを悩ませているのも3割強の減反枠だ。農協からの割り当てで、仕方がないので自分の枠を他の農家に受けてもらう。その調整も担う農協に1ヘクタールあたり30万円を支払っている。

     ◇

 政権選択といわれる総選挙を前にいま、農家の関心は民主党が掲げた「戸別所得補償制度」に集まる。

 自由な米作りを認める一方で、減反に応じる農家には、生産費と販売価格の全国平均の差額を元にした交付金を払い、所得を補償するというものだ。

 米作りへの思いは同じ小池社長と大子田さんだが、所得補償への評価は正反対だ。

 小池社長が「民主党が勝てば何も作らなくてもカネがもらえるようになる、と勘違いしている人もいる。努力しない人が増え、農業がだめになる」と言えば、大子田さんは「減反をしなくてもよくなれば、その分も米がつくれ、もうかる」という。

 12日午後8時、上越市の自治会館。あぐらをかいて座った50〜70歳の16人の前に、ここを選挙区とする民主前職の筒井信隆氏(64)がいた。「次の内閣」の農水相だ。

 「今の百姓は政治に飼いならされてしまっている」「作りたい物を作って人に喜んでもらう、そんな当たり前のことが今の農家にはできなくなっている」

 そんな言葉を筒井氏が引き取った。「民主党は農政をがらっと変える」

 対立候補の自民前職・高鳥修一氏(48)も「争点は地域の農業問題」と認める。17日、支援者を前に「反撃」した。

 「戸別所得補償は輸入自由化とセットだ。安い米が入ってきたら、生産者を守りきれるはずがない。民主党はやはり都市型政党だ。ふるさとを守れるのは自民党だ」

    ◇

 食糧管理制度の下、長らく政府が生産も流通も管理してきた米。だが、1人あたりの消費量は60年代と比べると半減し、農家の数も当時の半分以下の284万戸にまで減った。耕作放棄地は埼玉県の面積と同じ38万ヘクタールに達している。ほころびが目立つ米作りの現場の票を取り込もうと民主が攻め、自民が守る――そんな総選挙が18日、始まる。答えが出るのは、稲穂が実り始める夏の終わりだ。

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