山間地の水田で米づくりをする農家にあいさつする候補者(右)=新潟県十日町市、関口聡撮影
「小泉・竹中路線で都会と農村の格差が大きく広がった。多くの農村は限界集落となり苦しんでいる。格差社会を根本から変えなければなりません」
18日、新潟県上越市。第一声をあげた民主党「次の内閣」農水相の筒井信隆氏(64)の選挙カーは「農業再生は民主党」と訴え続けた。その核がマニフェストの「戸別所得補償」だ。
対する現農水相の石破茂氏(52)は地元・鳥取市でこう切り出した。
「政権交代が言われているのは、民主党がすばらしいからじゃない。自民党しっかりせんかい、という声だ」
選挙前、石破氏は米政策の腹案を持っていた。減反選択制だ。減反に加わるかどうかは農家の判断に任せ、政府による米の買い支えもやめる。米価が下がる恐れがあるので、参加した農家には所得を補償する――。民主の案に近い考え方だった。
石破氏は2日、徳島県の農家を前に持論をぶっていた。「自民の農政は、産業政策としては全然うまくいっていない。06年の農業の売り上げを全部足してもパナソニック1社より下だ」「しかられるかもしれないが、規模を拡大してコストを下げないと」
政府も「国際競争に耐えられる強い農家」向けの政策に一度は舵(かじ)を切った。小泉政権下で05年に決まった「品目横断的経営安定対策」だ。
原則として個人なら4ヘクタール以上、集落単位なら20ヘクタール以上という条件を満たす農家にしか補助金を出さないことにしたのだ。年齢制限を課した自治体も多く米も対象となった。
「自民党には、もう何も期待しない」。夫婦で1・4ヘクタールの棚田を耕す香川県綾川町の仲野富裕さん(76)の不満は強い。みな同年配の10戸足らずの集落。そのうち米を作っているのは半数。新たな組織を立ち上げ、必要な面積を集められるはずもない。「年齢や面積で一律線引きされて。山の上は置いてけぼりや。細(こま)い農家は誰も面倒見てくれん」
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こうした農家の不満を吸収したのが民主の「戸別所得補償」だった。07年の参院選。東北や四国4県など多くの1人区で民主が推す候補が議席を得る。
自民党農林部会に所属する「農林族」の巻き返しが始まるのはこの後だ。米価の値下がりを抑えて零細農家を守らなければ、これまでの「票田」を失いかねない――。結局、「品目横断」の原則はなし崩しになり、石破氏の腹案も俎上(そじょう)にのせられることになる。
総選挙を控えた今年6月、東京・赤坂の料亭。石破氏と向き合った元農水相の谷津義男氏(75)が語気を強めた。
「今は、(減反選択制を)やる時じゃないだろ。おまえ、それは分かるだろ」
谷津氏は振り返る。「彼は安いものを求める消費者の立場だけでモノを言い出した。農業者はどうなるの? みんなやめちゃうよ」
結局、石破案が自民の公約に盛り込まれることはなかった。
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「解散以来、山間の小さな集落をずっと回ってきた」
「解散の日、麻生総理はやみくもな市場原理の政策から離れようといった。いい言葉だ。具体的には、農業を大事にすることだ」
18日、同じく農林族に名を連ねる加藤紘一元幹事長(70)が山形県鶴岡市であげた第一声だ。
その加藤氏の「使者」が同県庄内町で米作りをしている佐藤彰一さん(54)を訪ねてきたのは7月のことだった。
「代議士に何をしてもらいてえ?」
米農家が何を求めているのか。打つべき政策は何か。農林族でさえ手探りしている。