指導を受けながらニラの出荷作業をする広田薫さん(中央)。この秋、初めて米を収穫する=新潟県長岡市、関口聡撮影
21日午前7時。田畑に囲まれた作業小屋では、ニラやナスの出荷準備が始まっていた。新潟県長岡市小国町の農事組合法人「よこさわ」のパートの人たちだ。そこに長い髪を後ろで束ねた広田薫さん(27)がやってきた。
「薫くん、今日は早いな。いつもの音楽かけてよ」
広田さんが「iPhone」を取り出して肥料袋の上に置き、液晶画面に触れるとレゲエが流れ始めた。
兼業農家の次男。大学進学で京都へ。卒業後4年間、京都市の若者向けの衣料店で働いた。月12万円の手取りは洋服や飲み代で消えていた。
「このままでいいのか」。そんな時、農家出身のカフェのオーナーと知り合った。「自立するには30ヘクタールは必要やな」「ネット販売はまだまだ伸びるな」。農業に未来を感じてUターンを考え始めた。
◇
4月、広田さんを正職員として受け入れたのが「よこさわ」代表の山崎正利さん(60)だ。工場に勤めていた07年、集落の農家93人と計36ヘクタールの田を持ち寄って法人化。兼業でお年寄りが多く、農地も狭い。集落でまとまった方が効率的に作業でき、田畑が守れるというわけだ。やりがいを感じ、インターネットを使った米の直販も考えている。
だが、経営は苦しい。08年5月から09年4月までの決算書を開くと、米や野菜の売上高4143万円に対し、肥料やパート代など生産にかかる経費が4687万円で赤字だ。これを交付金や補助金などの「雑収入」1461万円で埋め合わせ、最終的にやっと93万円の黒字になる。
主な交付金や補助金は9種類。「農地集積高度化促進事業補助金」「産地交付金団地化助成金」など複雑な名だ。山崎さんはもっと耳慣れない言葉を口にした。「ナラシ」「緑ゲタ」「黄ゲタ」。いずれも交付金の通称だという。
「さっぱりわからない」
一緒に聞いていた広田さんが言うと、山崎さんが皮肉っぽく答えた。「ゲタをはかせなきゃ、今の日本の農業はやっていけないってことだよ」
山崎さんにはジレンマがある。「米を作って売って生計をたてる。それが理想」とわかっていながら、実際には「交付金がいくら来るか、を最初に考える習慣がついている」ことだ。
そこに民主が「戸別所得補償」を打ち出してきた。「今の交付金とどう違うのか分からない。選挙では、目先のカネの話ではなく、若い人が夢を持てる農業とはどんなものかを語ってほしいのに」と山崎さん。確かなのは、交付金など雑収入が減ったら法人は続けられないことだけだ。
一方、交付金が並ぶ決算書を見て「農業だけで食っていくのはこんなに大変なんだ」と驚く広田さんは、「自民、民主、どっちの言うこともウソっぽい」と感じている。
広田さんが今、農業への希望を持ち続けていられる大きな理由は、新潟県が今年度から始めた「所得保障」のモデル事業の存在だ。
新たに農業を始めた人に対し一定の年収を保障する仕組みで、広田さんの場合、よこさわを通じて県から年収300万円分が支払われる。条件は「3年のうちに農家として独り立ちする」こと。ぎりぎりの経営をしている山崎さんにとってもありがたかった。
モデル事業の旗振り役である泉田裕彦知事は自民、民主双方に手厳しい。
「これまでの農政は、霞が関の縦割り通りに、つぎはぎだらけの不完全な価格支援策を続けてきただけだ」。民主の戸別所得補償についても「コストの穴埋めで終わるなら農村は変えられない」。
どちらも農村が疲弊した原因をもっと徹底的に考えるべきではないか――。それが各党への知事の問いかけだ。
【交付金の通称】
ナラシ…米価の下落分を補って価格を「ならす」交付金
緑ゲタ…転作作物の過去の生産実績に応じて上乗せされる(ゲタをはかせる)交付金
黄ゲタ…毎年の転作作物の量や品質がよければ上乗せされる交付金