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《にっぽんの争点:総集編》公約、有権者に届いたか

2009年8月30日

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 これまで13回にわたり、自民、民主両党を中心に各党のマニフェスト(政権公約)を個別の政策ごとに比べ、それが実現可能かどうかを検証してきた。最終回は総集編として、この選挙戦を通じて何が争われたのか、その訴えは有権者に届いたのかを振り返る。

■暮らし・財源、論戦の軸

 今回の総選挙で論戦の中心となったのは、暮らしに直接かかわる政策だった。

 わけても家計への支援、特に子育てや教育の負担軽減策が注目された。子ども手当や高校無償化など民主党の公約の是非が、財源の裏付けを含めて議論の的になった。

 麻生首相は演説するたび、必ず民主党の公約への批判を展開した。「子ども手当も聞こえはいい。でもこのカネ、どこから持ってくるのか。これが一番問題。子どものいない家庭は増税になる」

 民主党は財源の不確かさを突かれると、予算配分の優先順位を変えるとの考えを繰り返した。菅直人代表代行は首相の批判にこう反論した。

 「今年の予算に補正予算分を加えたら100兆円。この中になぜ(子ども手当の財源の)5.3兆円がないのか。まず子ども手当に充て、残り94.7兆円から次に重要なものを充てていけばいい」

 子ども手当の特徴は、現在の児童手当と違って所得制限を設けず、高額所得者にも一律に配ろうという点だ。

 これについては、政権交代後に民主党との連立を想定する社民党の福島党首でさえ、選挙戦の終盤になって「(国の税収46兆円のうち)5兆円を子ども手当に使うのはバランスを欠くのではないか」と異論をさしはさんだ。

 もう一つ選挙戦で論点になったのは、前回の05年総選挙で圧倒的な支持を受けた「小泉改革」の是非だった。

 首相は「行きすぎた市場競争原理主義からは決別する」と繰り返し、路線を転換する姿勢を鮮明にした。選挙戦終盤では、小泉元首相が好んで使った「ぶっ壊す」という言葉とは対照的に、「守るべきものは守る」と述べ、保守色を前面に押し出した。

 ただ、その路線転換が徹底していたとは言い難い。首相は同時に「経済成長が大事」と述べたり、「(企業が利益のなかから人件費に回す)労働分配率を高めるには、企業に利益が出ないとうまく行かない」と述べたりした。

 企業や富裕層が潤えばいずれ個人・中間層にも富が行き渡る、という考え方は「かえって格差拡大を招いた」と、今では否定的に見られることが多い。「たまった富を国民に分配する仕組みをつくる」と主張する民主党の小沢一郎代表代行は、首相が見せた企業重視の姿勢を「小泉元首相や竹中(平蔵)氏と同じことを言っている」と突いた。

 一方で、民主党には経済成長を実現する戦略がない、という批判もついて回った。

 鳩山代表は「まず家計を豊かにして消費購買力を高め、景気を良くするのが民主党の考え方だ」と強調したが、マニフェストを発表した後に「高速道路無料化などによる内需主導型経済への転換」というくだりを追加するなど、後付けの印象も強く残した。

■「まず交代」、かすむ政策

 公明党のある幹部は選挙戦に突入して4日目、江戸時代末期に民衆の間で起きた社会現象になぞらえて「これは、平成版ええじゃないか運動だ」とため息をついた。

 「『いちど政権交代、ええじゃないか』と熱に浮かされているような状況だ。こちらが何を訴えても、有権者の耳に入らない」

 国民の財布に直接支給する民主党の手法には「分配されたお金は貯蓄に回る可能性がある」(民間エコノミスト)というように、景気への効果に疑問が指摘される。自民党の石原伸晃幹事長代理は「配ったお金は何に使われるか分からない。パチンコに行ってしまうお父さん、お母さんも大勢いる」と批判した。

 しかし、こうした民主党の個別の政策に対する異論や批判は、大きな論議を巻き起こすには至らなかった。

 朝日新聞の今月の世論調査では、子ども手当を「評価する」は33%、「評価しない」が55%だった。同党のさまざまな公約の裏付けとなる財源についても、83%が「不安を感じる」と回答している。

 その一方、自民党中心の政権を望むのが21%だったのに対し、49%が民主党中心の政権を望むと回答。政策の是非はともかく、政権交代自体を望んでいる空気が強い。

 「郵政民営化」のみに染まったかのようだった05年総選挙で、民主党代表だった岡田克也・現幹事長は「他にも重要な政策課題がある」などと説いたが、その声は小泉旋風の陰に隠れてしまった。

 それから4年。政策通で知られる岡田氏でさえ、演説ではこう呼びかける。「この国の政治を変えるのか、それともこのままの政治でやっていくのか。鳩山さんを首相にするのか、それともまだ麻生さんでやっていくのか、それを一人ひとりが判断するのが30日の総選挙ではないか」

 逆に、麻生首相が「今回の選挙でぜひ選んでほしいのは政権ではない。政策だ。政策の内容で選んでいただきたい」と訴えるなど、前回と今回では自民党と民主党の攻守が入れ替わっている。

 金融危機の影響で深刻化した景気や暮らしに対する処方箋(せん)として、各党は有権者に公約を示した。だが民主党は政策実行能力を問われるたび、幹部がそろって「とにかく一度政権を任せてみてほしい。それでダメなら政権をまた代えればいい」と繰り返していたように、具体的な政策より政権交代の是非そのものが争点化されたのは否めない。

 明治学院大の川上和久・副学長(政治心理学)は、いまの民主党支持層について、同党が今回の公約を実現できるかどうかに対する「許容範囲の広さ」を指摘する。「もし民主党政権となり、子ども手当のような注目政策で変更があれば、支持率低下は避けられない」としながらも、「公約の実現性よりも、とにかく政権交代してほしいという意識が強い」とみている。

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