「信頼回復と再生のための委員会」
第3回会合 主なやりとり

日時  2014年11月15日(土) 9:00~12:30
出席者 <社外委員>   江川紹子さん、国広正さん、志賀俊之さん
    <社内委員>   飯田真也委員長、西村陽一委員長代理、持田周三、福地献一
    <オブザーバー> 五味祐子さん、渡辺雅隆、後藤尚雄、長典俊、池内清(以下、敬称略)


【司会】 本日はありがとうございます。昨日、弊社の新経営陣案が発表されました。

【持田】 臨時取締役会で、12月5日の臨時株主総会にかける新取締役の人事案が決定しました。一連の事態の最終責任は社長にあるということで、社長の木村が辞任。慰安婦報道、池上コラム問題については第三者委員会に検証をお願いしていますが、経営陣の自己判断として、危機管理、判断に大きな誤りがあったということは認識をしています。危機管理の任にあった福地が取締役を辞任、広報担当の喜園が執行役員を辞任。編集担当の杉浦は、吉田調書問題で既に編集担当は解任されていますが、取締役を辞任。全体を通して危機管理に問題があったということで、危機管理の総括役の私、持田も取締役を辞任します。会議で議論したことを申し上げます。一つは、社外取締役を迎え入れる案。取締役、経営陣にはコンセンサスのようなものがあったと思うのですが、今回はかないませんでした。理由としては、時期が任期の途中にあって、非常勤であっても難しいということです。また今の朝日新聞に関与することが、所属しておられる組織でどう受け取られるか、という判断をする方もいらっしゃった。もう一つは、朝日新聞の定款にある「新聞事業経験者」をどう考えるかです。顧問弁護士の意見では、非常勤の監査役経験者でも新聞事業経験者と認定するのはなかなか難しいのではないか、かなり厳格な解釈が必要ではないか、というコメントがありました。それらを考え、このタイミングで社外から取締役、会長、社長、社外取締役など選択肢はさまざまありましたが、お迎えすることは難しいということになりました。その関連ではございませんが、小城武彦さんからアドバイザーのような形でご意見をいただくことになりました。新経営陣ですが、委員長の飯田が代表取締役会長、現在の管理労務担当の渡辺雅隆が代表取締役社長ということになりました。
 ポイントは、編集出身をトップに据えるのか、編集以外を据えるのか、ということでした。一連の問題で、「編集出身ばかりが社長を出しているから判断を誤る」「編集の感覚だけで経営はやっていけない」という批判がありました。非編集、営業系からトップを出すべきであるという声がかなりありました。そういう声を反映して、今回は編集ではないところからトップを出すことになりました。一方で、やはり編集からトップを出すべきではないかとの意見もありました。朝日のジャーナリズムとしての役割を心配しているコア読者の人たちがいて、そういう人たちに対し、編集じゃないトップをつけると、朝日新聞は大丈夫なのか?となるのではないかという指摘があって、かなり議論をしました。最終的に、飯田を会長、編集でいちばん若い渡辺を社長とし、このツートップ体制でやっていくということで全員一致をみました。

【渡辺】 私自身のことをお話ししたい。1982年入社、地方記者採用で鳥取支局が振り出しです。本番の試験に落ちて、大阪の追加募集に応じ、採用試験を受けました。入社当時、新聞業界は右肩上がりで、言いっぱなし、批判すればいい、という記事であふれていました。読者の声を聞く広報室もなく、読者が支局や社会部に直接電話をかけてきても、忙しい時は電話を切ってしまうことがありました。新聞が売れていたこともあり、「止めるならどうぞ」などと言っていました。大阪社会部では特ダネ競争のなか、当局の情報を半日でも早く引き出すことに必死になりました。さすがに今は載りませんが、大事件のたびに「不審な白い乗用車」「不審な中年男」という記事が出ていました。編集局内の「大変な苦労してとってきたネタだから」「モチベーションがさがってしまうから」載せる、という論理がまかり通っていました。そこに読者は不在でした。編集局長時代、そういった違和感は部員たちに伝えてきたつもりです。起きたことは「起きた」と書くわけですが、それがなぜ起きたのか、これからどうなっていくのか、一つひとつの記事を、誰に向かって何のために書いているのかを意識しないと、なかなか説得力のある記事にならないのではないか、という話をしました。改善された部分もありますが、身に染みついてしまったものがまだ残っていたのかと、一連の問題が起きて改めて感じました。40歳になる時、初めて東京に来て、広報、お客様オフィスに異動し、新聞の見方が変わりました。危機管理もやりつつ、半分の時間はレシーバーでお客様の声を聞きました。間違いの指摘があって出稿元に伝えても「何件くらい来ていますか?」と聞かれました。たとえ指摘は1件でも、間違いは間違いなのに……。この感覚はやっぱり変だなと思いました。一連の問題の後、お客様オフィスで、レシーバーで読者の声を半日聞きました。罵声もありましたが、激励もありました。読者に支えられていると感じました。この方たちのために、何をすべきかを考えました。400人強の社員も自主的にレシーバーをとったと聞きました。このようなことは、これまでの朝日にはなかったと思います。朝日だけでなく新聞業界全体が構造的問題を抱えています。私自身は、社内と対話を重ねていくこと、社外とのコミュニケーションの芽を育てていくことから考えたいと思っています。ご指導よろしくお願いします。

【飯田】 会長に内定した飯田です。再生プランを年内につくりあげます。これを来年、実行します。委員長がツートップの1人に入ったということは、再生プランを重要視しているということです。私は経営陣のなかで最古参、渡辺は55歳。販売が代表権を持つのは二度目です。様々な問題、古市さんが指摘された我が社のズレを解消するために身を挺していきます。これまではトップダウン型だったが、ツートップは合議型、ボトムアップ型です。私も編集部門のことを言うし、渡辺も営業部門のことを言う。常にバランスよくやっていければ、新経営陣の味が出てくると思います。

【後藤】 私は常勤監査役から常務取締役大阪本社代表になります。

【司会】 本日の議題に入ります。まず江川委員から編集部門に関するご報告をいただきたい。

【江川】 先日、吉田調書報道に関する「報道と人権委員会」(PRC)報告が出た。非常に細かい調査結果だったと思うがバックグラウンドに言及していなかったことは残念だった。関係した記者がこれまでどのような記事を書いてきたのかや、特報部に問題があるのかどうかについて、あまり吟味されていない。
 今までの朝日の原発関係の記事をピックアップしても、いろんな問題点がみてとれると思う。例えば【資料1】、「プロメテウスの罠」の宮崎県立医大の記事。関係者にヒアリングしたが、「登場人物は実在しているが、書かれていることはフィクションだ。断片的事実はあっても、時系列を組み替えている」とおっしゃっていた。「記者の想像で書いている。これが歴史的事実とされるのは、がまんがならない」という指摘をしている。【資料3】のWHOの報告の記事は、朝日が「一部乳児、がんリスク増」、読売が「がん患者増、可能性低い」と、まったく逆の見出しだ。福島民報を見ると、専門家の指摘として「悪い条件を重ねると影響が出てくるかもしれないが、現実の福島の状況はそうではない」と書いてある。にもかかわらず、朝日はこういう見出しなのかと。国や東京電力を追及するのはいいが、その先にいる福島の人たちも撃っているということへの想像力はあるのか。そのように憤慨する声を、福島のメディア関係者からも聞いた。
 【資料4】は「美味しんぼ」の問題について、マスコミ倫理懇談会で福島民報の報道部長方が話したことを紹介している。この方は会場からの質問で「美味しんぼは素晴らしい問題提起だったのではないか」と聞かれ、「問題提起にはなったかもしれないが」と前置きをしたうえで、批判的なコメントをした。それなのに、朝日では「問題提起になった」というところだけをつまんでいる。自分が書きたいことに合う部分をつまみ食いし、発言者の意図とは逆の発言紹介になっている。
 吉田調書の問題は、たまたま起きた単発的な出来事ではなく、起きるべくして起きたのではないか。それに関与した記者がそれぞれどういう取材をやってきたのかも検証する必要がある。同時に、特報部や会社全体が原発の問題をどう取り組んだかも自分たちで見直すべきでしょう。
 レジュメでは、検察特報部と特報部の類似点を書いておいた。ともに、社会を変えようという使命感は強い。社内で特報部は花形部署なんでしょう。大物狙い、一発勝負、権力を糾弾する、ストーリーありき、密室性、過去の栄光が忘れられない、などが似ている点はいろいろあるように思う。特捜検察の問題と、類似した問題もあるような気がする。
 これは特報部だけではないが、朝日仕様のメガネでものを見ていないか。権力批判が目的化していないか。権力に関わる人も1人の人間であるということを忘れていないか。そうしていくうちに朝日の理解者、味方が静かに去っていくことが多いように、いろいろな人たちの聞き取りをしながら思った。
 あるいは事実と論評、予測がゴチャゴチャになっていないか。【資料5】は「撃ち方止め」報道についてだ。「朝日の捏造」と言った安倍首相は間違っていると思うが、各紙の記事を見比べると書きぶりが違う。読み解き部分は朝日だけでなく、毎日、産経もそれぞれの見方をしている。ただ(朝日の記事の)「かえって反発を招く可能性もある」は見通しであり、予測であり、あるいは朝日の「期待」なのか…。このように、事実を報道する記事の中に、裏付けがあるかないか分からない見立てが紛れ込むことが、しばしばあるような気がする。そうした検証は時間がかかるが、自分たちでやっていくべきことではないか。信頼回復は長い時間がかかる。のど元過ぎれば……となりがちだが、そうならないよう、一人ひとりが考える場を作ることが必要だ。そのために、「紙面改善委員会」でも「紙面を考える会」でもタイトルはいいが、部局横断的に定期的に検証や対策を考える会をつくったらいい。販売が編集に意見を言うことで気づくことはたくさんあるだろう。それが長期的な信頼回復、本質的に変えていくために必要だと思う。
 今すぐできることも必要。二つ提案したい。一つは訂正と反論を積極的に掲載する。今回の吉田調書も「取り消すべきでなかった」という人が今なおいると聞いて驚いた。しかし、修正でごまかすのではなく、「ふつうの読者が見たら誤読するな」というものも含め積極的に訂正していくことが必要だ。誤報の認定こそ読者目線でやってほしい。日本新聞協会の新聞倫理綱領に、「新聞は歴史の記録者である」とある。正しい記録をちゃんと残していくのだという積極的な方向で、誇りを持って歴史の記録者として訂正を出すのがいいのではないか。目立つように固定した誤報欄をつくって、ネットで検索もできるようにしておく。そして、故意やねつ造などといった悪質な場合以外は、記者は罰しない。むしろ積極的に間違いを直していこうという姿勢はプラスに評価する。記事とは見方の違う意見や反論が寄せられた時には、それも掲載する。場合によっては、記者が再反論をして紙面で議論をすればいい。本紙だけでなく県版でもやっていいと思う。
 もう1つは特報部について。部ではなくグループにして活性化させてはどうか。全国で手を挙げた記者が日常業務から離れて取材する。テーマによってはフリージャーナリストもゲストスタッフとして加わっていく。
 最後に、読者の声を聞くのは良いが、もっと大切なのは、記者一人ひとりのなかに生活者としての感覚、読者の視点を育てていくことだ。

【西村】 ご提案をありがとうございます。全社的に議論している問題意識と重なりあうところもあります。事実の記述に論評や期待が紛れ込んでしまっている点の峻別や訂正については、ゼネラルエディター(GE)兼編成局長から後ほど説明させます。

【持田】 CFTでも、プランを立てる人は少数ですが、実行するのは多数です。実行段階で各部門の反発を買うことはなかったのですか。

【国広】 江川さんの問題提起に同感だ。原発吉田調書報道の問題は、偶発的、例外的な事象ではなく、会社全体の強すぎる使命感から起きた当然の結果なのではないかと思った。
 先週、若手記者との意見交換会で印象的だったことがある。避難して、福島に戻らない人に取材をすると、「新しいところに慣れたので」という話が出る。だがデスクに伝えると「放射能に対する恐怖が戻らない理由だろう」と言われて非常に憤慨していると。私はその記事までしっかりと検証していないが、少なくない若手記者から「そうだ、そうだ」という形で同感する意見が出ている状況があることはぜひ認識してもらいたい。
 私自身にも経験がある。海外の贈収賄で第三者委員会をやった。ODA絡みの大きな事件になり、朝日の記者から電話取材を受けたのだが、結論を決めているなと感じた。委員長である私からとりたい言葉は「ODAが不正を助長している」なのだと。どんどん誘導してくる電話取材で、そのまま書かれてしまっては困るので、事務所に来てもらい、1時間話をしてようやく食い止めた。原発吉田調書問題も、朝日の体質からきていると思う。そうじゃない記者もいっぱいいるけれど、そういう体質からきている問題で、例外的ではないと思う。権力を批判しているように見えるが、結局信頼を失って、批判の対象にすべき権力側の人たちから喜ばれている。
 批判者としてのしっかりとした立場を持たなければいけない社会的責任があるのに、信頼感をなくして批判者としての力をなくしている、という非常に深刻な問題になっている。本当に力のある批判者でありたいと思うのであればあるほど、しっかりとファクトに基づき、単にあおりたてるのではない報道が必要だろう。
 訂正することは恥ではない。自動車なども不具合があれば、きちんとリコールする。リコール隠しをやる会社がつぶれる。問題があるときにきちんとリコールしてくれるなら安心して車を買おう、となる。記事の訂正は、一見かっこ悪いが、そうではなく、むしろ信頼につながる。

【長】 GEを2カ月前からしているです。遅々として進まない改革ですが、今何を記者たちに言っているか説明したい。主に三つ。(1) 事実と論評を分けることも含めてファクトに謙虚になってほしい。 (2) 読者の目線を大切にして欲しい。そして (3) 検証に耐えうる記事を取材して書いてほしい。情報公開が進んだ現代では、必ず記事は読者によって検証されます。江川さんと国広さんからいただいた指摘は本質をついていると実感しています。読み解き、推測、見立てなどは、まだまだ多くあります。
 国広さんが指摘された助長記事。問題を設定して記事を書いていく。アジェンダセッティング自体を否定はしませんが、取材のなかで見直して欲しい、違うことが出てきたら謙虚に修正して欲しいとお願いしています。
 また「YES、BUT」報道が随所に見られます。最後にほかの人の言葉を借りてきて批判をして終わる。これに対しては、「YES、BUT、YES」で終わろうと。つまり否定したら、必ずそれに対する提言や、違う見方などを入れて終わる構成にしようとも言っています。この委員会と並行して、個別の意識改革など、できることには一つひとつ取り組んでいるところです。

【志賀】 企業が変革をして風土や文化を変えていこうとする時、表面の、海面のあたりはざわざわとなるが、少し下にいくとまったく変わっていない。記者のなかには従来のスタンスが批判されていること自体に納得していない人たちがいる。今は首をすくめていて、表立って言うのは控えているが、信条を変えるつもりはまったくない。社長は変わった。そのすぐ下も変わった。でも、その下にいくと何も変わっていない。朝日が再生するには、従業員一人ひとりが、記者を含めて深く反省して、紙面を変えていくんだという思いがないと。
 先ほどの渡辺さんの話には感銘を受けた。ぜひ記者会見をやってほしい。木村社長は会見をしなかったが、朝日新聞はこうしていくんだ、というのをトップが外に対して言っていく、しつこく、しつこく言っていくことによって、トップの考えが社内にも徐々に伝わって、変わっていくと思う。
 ですから私が一番心配しているのは、体制批判をすることが朝日の記者としての信条だ、という方が仮にいるとすれば、次に起きるのは、経営トップに対して斜に構える集団が出てきて、結果的には何も変わらないということ。そこを自分たちでどう変えるか、どこまで深く浸透させるか。さんがおっしゃったことはその通りだと思うので、ぜひお願いしたいと思う。

【司会】 続いて国広委員、お願いします。

【国広】 まず「読者」について話したい。朝日新聞社内の人によって「読者」という言葉の使い方がまちまちだ。新聞を買ってくれている人を指していることが多いように思う。私が作ってみた【読者の図】を見て頂きたい。一番真ん中にはコア層、朝日が好きで何十年も読んでいる人がいる。その外にはリベラル層、さらにその外には無党派層と保守層と図式化してみた。実際に朝日新聞を買っているのは、コア層、リベラル層、無党派層くらいまでが中心で、保守層の読者は比較的少ないかもしれない。
 朝日が、国民的議論の対象となるような、原発や集団的自衛権を特集する場合に想定する「読者」は、意識しているかどうかはともかくとして、一番真ん中のコア層ではないか。この意味で、記事はコア層を中心としたサークル内の「読者」ばかりを意識した相互承認的なものになっており、サークルの外にいる人たちを説得しようという力を持たないものになっているように思える。だからストーリー仕立てで、事実の検証が甘くなる。ある種の使命感、思い込みと一体となった「読者」概念、というのがあるのではないか。それでジャーナリストの倫理、牽制が働きにくくなっているのではないか。一連の問題は偶発的に起きたものではないと思う。
 関係者から、慰安婦問題については「自発的に訂正したのにこんなに叩かれるとは思わなかった」と聞いた。「正直にやったんだから社会は許してくれる」というのは甘い。
 閉ざされたサークルばかりを意識しているから、池上さんのコラムにも過剰反応してしまい、「池上さん、あなたまで」という意識が池上さんコラム問題につながった。池上さんコラム問題は「痛恨のミス」ではない、必然的に生じたのではないか。
 制度を変えるのも大切だが、マインドリセットが必要だろう。志賀さんのおっしゃった「頑強で変わらないマインド」と共通するが、「閉ざされたサークル的マインド」が今回の事態を招いた真の原因ではないか。マインドリセットのためには、「読者」概念を再定義する、あるいは「自分はこの意味で読者という言葉を使っている」ということを常に明示しながら議論をする必要がある。

【西村】 「読者」の概念を明確にせよというご指摘ですが、今、社内の集会ではそれを意識して語ろうとしています。やはり最初は、朝日から去っていかれた読者の方々、現在購読していただいている読者の皆さんを中心に考えていたところがありました。社会、世間、デジタルコンテンツのユーザー、オーディエンスなど、まだなかなかいい言葉が見つからないのですが、私たちが対話すべき相手をどう考えるか、さらに議論していかなければなりません。反論や異論を広く受け入れて議論するためにオピニオン面をつくりました。ここ数年、全体的な紙面を通して、自分たちと立場の異なる人たちを紙面に載せることが少なくなってきているのかもしれません。自分たちの主張とは違う意見を広く取り入れなくなると、紙面が狭量になる。鍛錬されないまま商品が出て行くことになっているのかもしれません。

【江川】 異論を取り込んでいく努力と言うが、社内にも異論はあると思う。先ほど、「プロメテウスの罠」の記事について指摘した。【資料2】にある同じ「プロメテウスの罠」の別の回では、鼻血と被曝が関係あるかのようなイメージで書かれている。専門家に話を聞くと、一様におかしい、という指摘がある。このように、専門家の間では定説になっていることと、専門家にはまったく評価されていないトンデモ説が同等に扱われたり、後者に依拠した記事が出てくる。朝日の科学医療部には非常に優秀な記者もいる、と聞く。そういう人はなぜ声を挙げないのか。挙げにくい雰囲気なのか。毎日新聞には紙面について、「これはおかしい」とツイッターで指摘する記者がいる。おかしな記事が載るが、ちゃんと批判する人もいる、というところに信頼を持つ読者もいる。ところが朝日は社内言論が自由だという割に、そこが見えない。

【西村】 吉田調書報道では社内からも指摘がありましたが、共有されませんでした。情報共有に不備があったのではないか。縦割りについては、これを打破するために、グループ制をつくったり、公募したり、プロジェクトチームをつくったり、絶えずやってきましたが、今も深刻です。あるデスクが、吉田調書の問題で「言っても無駄だと思った」と発言しました。彼にそういうことを言わしめた空気はなんだろうと、深刻に受け止めています。特報部だけの問題ではありません。今も処方箋が見つかっていません。

【持田】 縦割りプラス専門性。一番専門にやっている記者がそう言っているんだから、言ってもしょうがない、黙って任せておけばいいんじゃないのと。もう一つ、朝日は無謬を尊ぶんですね。一度紙面にしたものは絶対正しいものでなければならない、という考えが染みついています。ですから訂正に抵抗を感じますし、人のものであっても一度報じたものについておかしいと言うのはまずいのではないか、朝日の価値をおとしめてしまうんではないか、という恐怖感がある。

【長】 プロメテウスに限らず、個別に意見を聞くと、いろんな意見が出てきます。「文句」を言うだけで、組織的に集約する場がそんなにはない。校閲部の部会に出たときに言われたのが、「指摘しても、すごく高圧的に『なんだ』と、まったく聞いてくれない」と。社内の優劣を自分たちで設定してしまっているのです。縦割りの弊害です。一連の問題を受けて対話をすごく重視しています。言える雰囲気と場をつくらなくては、と考えています。

【飯田】 この会社は強い人、優秀な人の成功体験が強すぎると思います。ヒーローのようになってしまうのです。全員が自信家で、変わろうとする時、その成功体験が邪魔をする。

【志賀】 縦割りであったり、成功体験を持っている人がいて風通しが悪かったりした時に、一番組織を変えられるのは多様性。日産でも、文化が変わったのは、ゴーンが来て、フランス人がいろいろな部署に入ってきてから。先ほど江川さんが「朝日仕様のメガネ」という話をされたが、日産も「銀座の霞が関」といわれるくらい官僚的な会社で、日産のメガネで世の中を見ていた。そこにフランス人が入ってきて、化学反応が起きた。
 よく見ると世の中こんなに変わっていたんだ、これが見えていなかったんだから倒産寸前まで行くのは当たり前だよね、という気づきがあって、それから変革になった。中途採用の記者を入れて文化の違うことをやるとか、若手の抜擢とか、とにかく下をかきまわすこと。それをぜひ考えていただきたい。

【西村】 朝日は、実は新卒以外の中途採用者、社会人採用が多いです。もっと大胆に外部の目をいれるにはどうしたらいいのか。また、編集とビジネスの間に横たわるベルリンの壁をどうすればいいか。ニューヨーク・タイムズの社内改革議論では、なぜ編集とビジネスが分かれているのか、編集の独立をしっかり押えたうえで編集以外のセクションとの連携強化を促せないか、といった社内リポートが出て、クロスファンクショナルのチームをアメーバのようにつくっています。朝日もその壁をどう壊すか、真剣に考えているところです。
 PRCのキーワードの一つに「過信」がありました。編集全体のおごりがあったともありました。カルチャーを変えるのは簡単ではありませんが、心理的な壁を払拭することから始めたい。
 まだ芽の段階だが、今回のことで地方の総局や東京以外の他本社では、自主的に読者とのミニ車座集会や販売店との対話を始める動きが出ています。また新人記者との対話も始めました。そういう場を繰り返し開き、言ってもムダだというカルチャーを変えていくきっかけにしたい。

【志賀】 多様性という言葉は、異なった意見を受け入れるということ。受け入れなければ、異質なものを入れても意味がない。受け入れる企業文化をどうつくるか、が課題だ。

【江川】 外から来た人が、生え抜きの朝日新聞社員以上に朝日人らしくなろうとしていないか。

【渡辺】 今、管理労務担当をしています。朝日は中途採用に積極的ですが、採った後、一緒に仕事をしていくなかでいつの間にか、同化していくのかもしれません。いろんな経験を生かすことは大事だと思います。
 「記者はお金のことを考えずに良い記事を書け」「良い商品を作れ」と言われてきたから、会社員であるという意識すらなくなっています。今回の不祥事の後、広告の社員からメールをもらいました。あるクライアントに「うちは、朝日さんと取引するのは百年早いですから」と言われて断られました、と。以前、その会社が不祥事を起こした時、取材した記者が「対応が悪い」と激しく詰め寄ったらしいのです。こうした問題の積み重ねが見過ごされてきた結果として、変なものがたまっていくということがあるのかもしれません。

【飯田】 今、渡辺が新聞を「商品」と言ったが、40年前、私が販売担当員として駆け出しのころ、当時の支局長が私に声をかけるときは、足を投げ出して「おい、販売!」でした。編集がビジネスに耳を貸すようになったのは、当時と比較すれば革命的だと思います。

【国広】 それで会社が変わったとは思わない方がいい。

【飯田】 もちろん、思っていません。

              〈休憩〉

【後藤】 国広さんの読者の概念について、その通りだと思います。朝日新聞は今後、何のために、どのように存在するんだ、ということにもつながっていきます。朝日新聞は敗戦の年の1945年11月に「国民とともに立たん」という宣言を載せました。読者とともにではなく、国民とともに、と。「国民」という言葉には当時、日本中の人たちが、新しい時代の響きを感じていたのではないでしょうか。
 国広さんたちの提案を聞くなかで、読者、社会以外に何か言葉はないか、と考えました。言葉は意識を凝縮したものだから、それが見つかり、共有できた時に新しい未来があるのかな、と思っています。

【国広】 提案です。これまで社員集会を傍聴したり、若手社員との討論に参加したりしてきた。社外委員が主催する社員集会があってしかるべきだ。化学反応があるかもしれない。

【西村】 まったく問題ありません。

【司会】 続いて、報道と人権委員会(PRC)見解についての議論に入ります。

【西村】 報告書の構成は、記事そのものの評価、出稿までのプロセス、報道後の対応、組織、危機管理の問題等々になっています。私たちはこれを特定の個人というより、体質や構造に関わる問題ととらえています。チーム員が、報道の基本姿勢などいくつかテーマを分けて、指摘された問題と対策という形で議論のたたき台をつくりました。

【チーム員】 PRCで大きく指摘されたのは、読者の視点についての想像力の欠如と危機意識の薄さです。ここにはマインドが大きくかかわっています。朝日はサンゴ事件や長野の虚偽メモ事件など、過去に同じような不祥事を起こしています。何度も問題を起こしながら変わっていません。品質管理担当という形で社内に読者の意見を吸い上げる部門をつくれないか。
 また訂正報道についても、抜本的な改革が必要だと考えています。校閲センターからも提案が届いています。

【チーム員】 続いて報道の基本姿勢についてです。PRCからは、ジャーナリズムに携わる組織のあり方の検討、という指摘を受けています。読者の視点への想像力、公正で正確な報道を目指す姿勢に欠けている、過度な秘密主義や過信、それぞれの役割が的確に遂行されなかった、などです。
 これに対しては、異論に真摯に向き合う姿勢を確認します。ユーザーの声や目線を大切にすることを一人ひとりが確認するということです。ポイントは、「事実を単純化しない」「善悪、社論に合うかどうかといった二分法で考えない」「主張する前に、多様な視点を示すメディア=紹介者である」「記事の品質についても、誰が書いたかではなく、何が書かれているか」。
 チェック体制については、一つは事前の「輪読」。ただ吉田調書でも、事前に他部が読んではいました。たとえば輪読の際、誰が書いたかは伏せておいてはどうか。さらに事前のリーガルチェックを徹底することや、シェアポイントという情報共有システム上で、誰でもリアルタイムで記事に指摘できるコーナーをつくる。メリットは記録として残せることです。

【チーム員】 調査報道についてです。PRCも指摘していますが、今後重要性は一層増していきます。どのような形で続けて行くべきだろうか。データジャーナリズム、ソリューション提供型にも取り組みます。また、江川委員からの指摘もありましたが、外部との連携、研究が十分進んでいないところがあります。ネットメディアやテレビなどとの連携もアイデアの一つです。特別報道部については、記者への過信、過度の信頼が指摘されています。チェック体制のところでも提案しましたが、他部門と同じく厳格に行っていきます。
 取材班のメンバー構成についても、一案ではありますが、どんなネタでも現場担当者がいるので、総局の記者を原則としてメンバー入れることを考えています。各総局でテーマを持っていれば、調査報道の記者を派遣するなどが考えられます。
 人事や記者教育について、PRCの見解では、読者の視点に対する想像力が欠けていたというようなことが指摘されています。再生委員会の投稿フォームでも、傲慢さ、ズレ、マナーの欠如が指摘されています。長野虚偽メモ事件の際の改革案でも、同様の指摘がありましたが、現在まで改善されていませんでした。
 研修を充実させていくことも考えています。eラーニングや、ASA研修、お客様オフィスでの研修などです。すでに次長研修では半日電話をとっていますが、数日間はやるべきだという声もあります。現在、始まっている購読者との車座集会も各本社、総局で継続してはどうだろうか。
 そして、社内をかきまぜよう、ということで言えば、部門間の異動の拡大、クロスファンクショナルチーム(CFT)の導入などです。「be」「しつもん! ドラえもん」では、編集だけでなくいろいろな部署が入って意見交換をしていますが、もっと積極的に行います。

【チーム員】 読者との交流についてです。国広さんのご助言に従って定義すると、ここでの「読者」は朝日を購読している方だけでなく、私たちが対話すべきすべての方を想定しているつもりです。PRCでは読者の視点に欠けていたという厳しい指摘を受けましたが、いま一度、読者を知るべきではないかという問題意識に立っています。交流を深めるにあたって、一つは顔が見える関係。もう一つは紙面で、投稿をいただいた読者の方に返事を差し上げる、車座集会、直接イベント型のコミュニケーションがあると思います。
 また、人材評価項目に、「読者の満足度を高めているか」という項目を加えられないか考えています。

【江川】 社内の人を活用することをもっと考えた方がいい。例えば消費者問題で、食品の健康への影響について取材したけれど、記者が科学的なデータの意味をよく分からないという場合、危険性を大きく書いておいた方が安全だろうと、必要以上に危険性をあおったり規制を求めるような記事になることもある。そういう場合には、もっと科学医療部を活用する、とか。

【志賀】 編集担当役員のもとにある記事審査室を、わざわざ品質管理担当役員というのを置いて、そちらに移すことにどういう意味があるのでしょうか。

【司会】 寄せられた意見、指摘がさまざまな窓口に分散しているのを、一元化したほうが良いという意味です。

【国広】 記事が出た後については自分のことに甘くなるので、記事を書く側である編集の外から牽制がかかる形で一元化しておく、というのがいいのではないか。

【持田】 私も、事前に意見を述べるというのは難しいと思います。

【西村】 皆さんのご指摘は、事務局の原案はまだ整理されていないということですね。基本的に大事なのは、記事を出したところで終わりではなく、記事を出したところから始まる、という問題意識を徹底することだと思います。

【江川】 記者の仕事は、1つの記事を書いて終わりではない。続報がある場合もあるし、別のテーマの取材で、その前にやった仕事の教訓が生きることもある。ある記事に関する事後の対応が、実は別の記事の事前、なんですよね。
 話を聞いていて、朝日の人は常に完全なモノを届けたいんだなと思った。それは素晴らしいと思うが、状況は動いているわけだし、ネットの時代に、新聞は完全とは思われていない。出したものに対してリアクションがあったら訂正や修正をしたり、あるいは続報など次を出す。そういう対応そのスピードをどんどん速くして間隔を縮めていけば、もはや事前も事後もないし、記者のマインドが変わっていくのではないか。

【国広】 読者との交流をしっかり意識しながらやっているという説明もあったが、読者集会や投書欄の内容をみると、「お客様は神様です」的な姿勢を感じるが、お客様が常に正しいとは限らない。コア層を「読者」として見る考え方につながっているようにも見える。

【志賀】 気になるのは、木村社長が今朝(11月15日)の記事のなかで、「再生を目指す道筋がつきつつあると判断し」と書いていた。申し訳ないが、私はまったくそう思わない。
 危機感の欠如をものすごく感じてしまう。経済界の大半は朝日新聞が大嫌いだ。私が社外委員になった後、好意的なアドバイスとして、「志賀さんのキャリアに傷がつく」「何で引き受けたんだ」といろんな人から指摘された。私は、朝日新聞が本当に公正な記事を書く会社になるのであれば、と思って引き受けている。ある方は、「あのウソつき新聞をなぜ助けるの」とまで言った。申し訳ありませんが。今、世の中の朝日新聞に対する評価はそこまで落ちている。その中で今回の社長交代などを見ていると、「本当に信頼回復できるのかな」という疑問を持つ。自動車業界で、大きな品質問題を起こしてしまうと、戻るのは大変だ。「ウソつき新聞」という表現をしている人たちからすると、もう朝日みたいな新聞は読んでもダメだよね、ウソついているんだから、となる。世の中がそういう評価をしている中で新体制になる。まだ小手先な感じがする。よほどのことをやって、「変わります宣言」をしないといけない。トータルクオリティーマネジメント(TQM:総合的/全社的品質経営)で、起きた問題にどう方策をつけていくか。そして、もう一つこの手前に「芯」がないとダメだ。そう簡単に信頼回復できないな、と感じている。

【国広】 危機管理の観点からとても危険だと思うのは、木村社長が特別顧問で残ること。第三者委員会が、「社長の責任は極めて重大だった。いまだに特別顧問として残っていることは問題だ」と書くことは想定していないのか。客観的に見て、池上コラム問題は、これに社長が直接関わっていたわけだから、実質的な影響を与えたかどうかはともかく、社長への直撃弾になりかねない。にもかかわらず特別顧問として残る、というのでは会社がもたない。

【持田】 第三者委員会との関係については、10日の会合に出て、社長交代についてご説明しました。今のような指摘があったが、足らざるところがあれば、真摯に受け止めて対応します、と説明しました。

【飯田】 辞任にしろ、任期満了にしろ、役員が辞めると顧問になります。社長経験者だけが特別顧問になります。影響力については、私も渡辺社長も影響力は排除する、という立場です。15階の役員フロアからもいなくなります。

【国広】 影響力を持たないのは当たり前。外からどう見えるかだ。山一証券もつぶれる寸前に、前社長、前会長などが顧問で残った。トップが辞めます、と言いながら顧問で残る会社はつぶれる。

【江川】 中身も大事だが形も大事。批判をしている人たちは、形についても批判している。そこにはこだわった方が良い。木村さんには、すっぱり辞めていただくというのがいいのではないか。人事について、今までなかったような体制だと言うが、外からは、結局は内部(の人間)か、編集(の人間)か、と思われている。だいたい、何でこれをやるのに何で2カ月もかかったのか。だったら1週間以内に人事を発表すれば良かった。形とスピード感は大事だ。朝日新聞社にとって数少ないカードである「社長が辞めるカード」を全然有効に使えなかった。

【国広】 事務局案はそれぞれの論点はよく練られているが、コア層以外の人を見ていない印象だ。朝日にとって最後のカードは再生プラン、この1枚だけだ。各論より骨が大事。いちばん広い「読者」を意識してやらないと。まだ危機管理中なんだから。最終的に出てくる成果物もアピールになるが、プロセスも大事だ。再生委の議論のプロセスは、どれだけ公開されているか。

【江川】 公開しているという見せ方も大事だ。

【国広】 個人のプライバシーや細かい営業数値まで、何でもかんでも公開しろとは言ってない。でも、できるだけ厳しい意見を含めて公開するということ。

【西村】 スピードとプロセスが大事ということは分かりました。さっきの志賀さんの「芯」という点と朝日新聞の存在意義については、むしろプロセスを大事にしたいと思っています。全社を巻き込んだ議論をしていきます。

【国広】 論点について、社内で共有されているのか。

【西村】 共有されています。

【国広】 再生委員会をもっと上手に使ってほしい。委員会での議論が全社員に見えていない。ストレスをためている人たちもいる。改革はマインドを変えなきゃいけない。社員の参加意識が非常に乏しいと思う。

【司会】 基本的にはボトムアップで、なるべく多くの社員、読者、ASAの声を聞いています。
 それを集約する形で再生案を練り上げていきます。ただ、下ろすというか、現場にどう提案し直していくかは課題なので、考えたい。ご指導いただきたい。

【国広】 ご指導じゃダメだ。

【西村】 社員へのフィードバックや集会はやっていきます。

【司会】 (再生プランについても)原案の段階で、説明してさらに意見を入れていきます。本日はありがとうございました。

(注)朝日新聞社は5日、大阪市内のホテルで臨時株主総会を開いた。福島第一原子力発電所の事故に関する「吉田調書」報道で記事を取り消したこと、慰安婦報道を検証した8月の特集紙面で誤報と認めながら謝罪しなかったことなど一連の問題の責任を取って木村伊量社長が辞任、新しい取締役が決まり、新体制がスタートした。木村氏は経営から退き、予定されていた顧問就任も辞退した。

 以上