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中国の過剰反応は尖閣諸島問題に関する弱さの現れ

松田 康博/東大教授(東アジア国際政治)

2013年1月16日

 中国が尖閣諸島(中国名・釣魚島)の領有権を主張して日本と対立し、暴力的手段を使って日本企業に甚大な損害を与え、日本政府に圧力をかけたことは記憶に新しい。双方の主張は真っ向から対立している。この問題をどう理解したらよいのであろうか。

AJWフォーラム英語版論文


歴史と国際法

 欧州で17世紀に形成されたウェストファリア体制(国際社会は平等な主権国家の集合であるとする国際体制)が、19世紀後半にアジアに波及し、近代的な国際関係が形成されるまでは、ある領域が2つ以上の国に所属したり、どこにも属さなかったりすることは珍しくなかった。しかし現代において、南極を除くいかなる領域の帰属も、原則として1つの国家に属さなければならない。

 近代国際法において領域の帰属確定で重要なのは、最終的な確定手続きが合法的であるかどうかである。それ以前の歴史で、どの領土がどの国に所属していたかは関係がない。我々が土地や家を所有するとき、最終的な手続きが合法かどうかのみ重要であり、100年前に誰の所有だったかが問われないのと同じである。

 合法的な手続きによって領土が確定した後に、「歴史上その土地は我が国に属したことがある。したがってそこは今も我が国の領土である」と主張する国が現れたら、人類社会は紛争を永遠に続けることになってしまう。国際司法裁判所では、領土確定に関する最終的な手続きの合法性だけが問われる。

日本による尖閣諸島の取得

 国際法上領域の取得や喪失は、国家間の合意によることが多い。これには売買、割譲、併合などがある。しかし、合意がなくても成立する領土の取得方式が存在する。そのうちの1つが無主の地に対する先占である。

 1895年1月に日本が尖閣諸島を日本領土に編入したのは、先占方式である。日本国政府は、同諸島が清朝の支配下にないことを調査で確認し、尖閣諸島の先占を行っている。

 歴史的な文献をもとに日本の先占が無効であると証明するには、(1)それ以前に清朝が実効支配をしていたことを証明するか、(2)日本が無主の地ではないことを確信しながら違法に先占の判断を下したことを証明しなければならない。 確かに文献上、尖閣諸島は、台湾の一部とされたり、琉球の一部とされたりして所属がはっきりしない。しかし自国の歴史文献や地図に記載があれば、自国の領土になるという主張は当然ながら認められない。国際法上、大切なのは領有の意志を表明して実効支配していたかどうかである。今のところ、尖閣については、(1)清朝により実効支配されていた、(2)日本が清の領有を認識したうえで先占をした、のいずれについても信頼に足る証拠は発見されていない。

中国と台湾の主張の弱点

 ある国がある領域を実効支配しているかどうかは、他国によって占領された際、即刻抗議するかどうかによってもわかる。他国が占領しても気がつかないということは、実効支配していなかった証拠である。日本による尖閣諸島領有について、清朝が抗議したことは一度もない。

 そもそも1895年に、清朝が尖閣諸島を台湾の一部でないと認識していたことは、日清戦争の下関条約の交渉過程で明らかである。清朝は、台湾と澎湖諸島を日本に割譲する際、台湾の付属島嶼の範囲を確定した。日本が悪乗りして福建省近くの島まで獲得することを警戒したためである。その範囲に尖閣諸島は含まれていなかった。

 清朝後の中華民国政府もまた、日本の尖閣領有についてまったく抗議しなかった。それどころか、中華民国駐長崎総領事は、1920年に「日本帝国沖縄県八重山郡尖閣諸島」に漂流した中国漁民を助けた日本国民に「感謝状」まで出している。中華民国政府は、日本の尖閣領有を間接的に認めていたのである。

 尖閣諸島は1951年のサンフランシスコ平和条約第2条で日本が放棄した領土(台湾及び澎湖諸島)に含まれず、第3条による「北緯29度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸島を含む)」に含まれ、米国の統治におかれた。台湾にある中華民国政府は、尖閣諸島について一度も提起せず、翌年同条約の内容を日華平和条約第2条で正式に承認した。また中華民国政府は、米国の尖閣統治について抗議をしなかった。

 中華人民共和国政府は、自らが加われなかったサンフランシスコ平和条約を認めない立場をとっているが、米国の尖閣統治に対して抗議をしたことはない。それどころか、中国が尖閣諸島を沖縄の一部であると認識していたことは1953年1月8日の『人民日報』の社説などで明らかである。

 中国と台湾で発行された地図は、長い間日本名で「尖閣諸島」と明記され、国境線の日本側に描いていた。変化がでたのは、1968年に国際連合アジア極東経済委員会(ECAFE)の調査で石油の埋蔵が指摘されてからである。まず台湾の中華民国政府が1971年6月11日、次に中華人民共和国政府が同年12月30日に、それぞれ初めて尖閣諸島に対する領有権を正式に主張した。

 以上は全て単純な事実である。日本で、中国と台湾の主張は、国際法上全く根拠のない「言いがかり」であると考えられている。日本が「領有権問題は存在しない」という立場を堅持しているのはこうした経緯による。日本は、たとえ中国に国際司法裁判所に提訴されても、自信を持って受けて立つことができるだろう。

中国の責任、日本の責任

 こうした経緯を見れば、領土取得の国際法上の手続きに関して、日本が有利であり、中国と台湾が不利であることがわかる。自らの主張に全く自信を持てないからこそ、中国は平和的手段ではなく、暴力とプロパガンダにより日本に政治的圧力をかけ、日本から妥協を引きだそうとしているのであろう。また中国は他国との紛争解決に国際司法裁判所を利用するつもりはないだろう。

 今回の尖閣諸島の国有化に対する中国の暴力を伴う過剰な反応は、外国との間のいかなるトラブルも全て外国が悪いという独裁国家に特有なプロパガンダに起因している。中国には、対立する他国の立場を自国民に紹介する言論空間がない。中国政府は、自らが創造したストーリーと、それを信じるナショナリスティックな人民の人質になっているのである。

 それどころか、日本が尖閣諸島を国有化して以来、中国は政府公船を尖閣諸島付近の海域に複数常時配置し、しばしば領海にも侵入するようになった。中国は政府機関の航空機による尖閣諸島上空の領空侵犯さえ行うようになった。中国は物理的な手段を使って、現状変更を試みているのである。中国共産党第18回党大会が終わって、中国の対日プロパガンダは沈静化しつつある。しかし、中国が振り上げた拳を下ろすまでには、総選挙後の日本の政権の性質を見極めねばならず、しばらく時間がかかるはずである。

 ただし、恐らく誰が首相になっても、日本が中国の一方的な主張と暴力に対して妥協することはないだろう。もしも日本が妥協すれば、中国国内の強硬派は勢いづき、外国との間でトラブルが発生する度に強硬策が繰り出されることになる。中国は他国とのトラブルを平和的に処理する協調的な大国になる責任がある。尖閣諸島問題で日本が妥協することは、中国が健全な大国に成長することを妨げ、国際社会の秩序を不安定化させる。日本の責任はかつてないほど重い。