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中国の習近平政権が直面する経済課題〜国家介入の強化と退場

梶谷 懐/神戸大准教授(中国経済)

2013年1月21日

 2012年11月14日に第18回中国共産党大会が閉幕し、新しい指導部の下で中国経済が次の一歩を踏み出すことになった。大会の冒頭で胡錦濤国家主席は、5年間の活動を振り返ると共に、今後10年間の所得の倍増という数値目標を掲げた。これはとりもなおさず、胡錦濤政権がこれまで続けてきた成長路線を肯定し、その継続を訴えたものだと言えよう。

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「市場」と「国家」の役割めぐり意見対立

 そもそも、胡錦濤時代における経済政策の方向性は、その前の江沢民時代から基本的に変わらなかった。胡錦濤政権の政治的な指導理念である「科学的発展観」は、私営企業家など「新しい社会階層」の政治参加を、共産党の権力基盤を強化する形でどう実現していくか、という江沢民政権の「三つの代表論」の問題意識を発展的に継承したものだった。一方、2008年後半のリーマンショック後に採用された一連の景気刺激策は、市場に対する政府の介入の度合いを増大させて、「国進民退」と一部の経済学者などから批判される事態を招いている。

 では、新たに発足する習近平政権は、「市場」と「国家」「政府」の間でどのように舵取りをしていくのだろうか。この点に関しては、経済学者の間でも大きな意見の対立が存在する。

 第一の立場は、現在の「国家資本主義」的傾向に警鐘をならし、「政府の退場」を徐々に促していくべきだ、というものである。代表的論者である国務院発展研究センターの呉敬璉(Wu Jinglian)は、政府が強い権限を持つ中国モデルは途上国がキャッチアップをする際の過渡期のモデルであり、今後も成長を持続していくためには政府の権限を縮小していく改革が必要だと答えている。

 一方、今後も国家が主導的な役割を果たすべきだ、という見解としては、林毅夫(Justin Yifu Lin)前世界銀行副総裁・チーフエコノミストの学説があげられる。林の唱える「新構造経済学」では、一国の比較優位産業の振興に政府が果たす役割を強調する。国内の要素賦存状況の変化に伴い、比較優位産業は絶えず変化する。このため、高度成長を持続するためには、競争的な市場の下で政府が潜在的な比較優位産業を伸ばし、取引コストを下げ、資源のコーディネーションを行っていくことが必要だ、というのが彼の主張である。

 今後の中国経済における「政府の役割」を考える上で重要なのは、中国経済が、持続的な高度経済成長と旺盛な国内投資を背景として、次第に「資本過剰経済」へと転換しつつある、という点である。ここでいう「資本過剰経済」とは、政府や企業による積極的な固定資本投資によってその収益性が低下し、現在の投資を減らして消費を増やした方が全体の経済厚生を改善できるにもかかわらず、消費が抑制され、さらなる資本投資が継続して行われる状態を指す。2008年のリーマンショック後の一連の景気刺激策は、市場に対する国家の介入を通じた問題の先送りを行うことによって、「資本過剰経済」の傾向を一層強めるものであった。しかし、不動産バブルの発生や拡大する資産格差、さらには市場において独占的な立場を強める国有企業と民間企業との「二重構造」の発生など、「資本過剰経済」の問題点が次第に露わになる中で、中国政府がこれまでのような先送りの姿勢をいつまでも続けていけるかどうかは、大いに疑問である。

地方政府主導の過剰投資

 中国経済における「政府」の市場への介入について考える際に、重要なのが地方政府の存在である。もともと中国経済において地方主導の投資は重要な成長のエンジンであった。だが同時に、それは「投資飢餓症」と表現されるような、経済過熱の原因にもなってきた。また近年では、地方政府が農地を安い補償費で収用し、それを開発業者などに売却するというプロセスを通じて莫大なレントを手に入れ、それを資金に都市開発を行う、という現象が広くみられるようになった。特に2002年よりスタートした胡錦濤政権期には、経済格差是正や景気対策のために内陸部への大がかりなインフラ投資が推進されたこともあって、「地方」主導による経済過熱を押さえることが困難になっていた。

 そのことを端的に表わすのが、GDP統計における全国統計と地方(省)レベルの統計の間にみられる齟齬である。中国は全国31の省級レベルの行政区画があり、それぞれがGDP統計を発表している。このような、地方レベルの経済統計は指導者の評価などにも反映されるため、成長率などが水増し報告される傾向がある。こういった水増し報告や統計の誤差を防ぐために、全国レベルのGDP統計は地方レベルのものとは別にデータが集められ、推計が行われている。興味深いのは、胡錦濤政権発足時の2002年には、省別GDPの合計値は全国のGDPの値を0.2%上回る程度であったのに、その乖離は年々大きくなり、2011年の統計では10%を超えている(筆者推計)ことだ。この数字は、胡錦濤政権時代において地方政府主導の過剰投資に歯止めがかからなくなった現状を端的に表わしているといえるだろう。

農民層もカバーした社会保障制度がカギ

 さて、このような問題を抱えている中国経済の運営に関して、習近平政権が直面している課題とはどのようなものだろうか。重要なポイントは以下の通りになるだろう。

 第一に、現在各地域で進められている「農村都市化(都市農村一体化)」の取り組みについて、農民層の権利保護の観点から中央政府が統一的なフレームワークを提示できるのか、という点である。中国における農村都市化の推進は、これまで前提とされていた戸籍制度や社会保障など、農村−都市間の二元的な社会制度の大きな見直しを伴っており、その帰結は社会の安定性に直接影響しかねない重要性を持っている。地方政府が耕作地や住宅地を収用するのと引き替えに、農民層に社会保障や住居などを提供するというのが代表的なやり方だが、今のところ地域ごとに異なった取り組みが行われており、むしろ農村間の新たな格差を生むのではないか、という懸念も生じている。

 次に重要なのが、第一の点とも関連するが、早晩迎えることになる労働者人口の減少という事態を前にして、従来の成長によってセーフティネットの不備をカバーする体質から脱却できるか、という点である。具体的には、農村都市化に伴い、農民層もカバーした持続可能な社会保障制度を構築できるかどうかが鍵になるだろう。

 また、マクロレベルの過剰投資とも関連した資産バブルの発生が、地方政府による独占的な土地供給によって生み出される、という構図から脱却できるか、という点も重要である。これは、政府のマクロ経済政策を、これまでの経済成長一辺倒のパターンから転換できるか、という点とも大きく関わっている。 最後に、民間中小企業も含めた適切な競争環境、特に金融市場におけるルールの透明性が確保できるか、という点もあげておきたい。民間企業の信用獲得に大きな制約が存在する現状では、金融市場の制度的な硬直性の隙間を縫う形で民間金融や違法な貸し付けが広がっている。このことは、2011年末の温州における金融不安のように、金融システムの機能不全をもたらす信用不安の引き金となりかねない。

アクセルとブレーキ、同時に

 総じて言えば、市場経済のある側面では政府による適切な介入が要請される一方、別の側面では政府が「退場」することにより、現在の「資本過剰経済」体質を改善できるかどうか、が鍵であるといえる。このような国家介入の強化と退場という、いわばアクセルとブレーキを同時に踏むような政策課題が突きつけられているところに、習近平政権の困難さがある。それは、胡錦濤政権が掲げていた「和諧社会」政策の内部矛盾によって積み上がった負債を、地道に返済していく困難さだと言ってもいいかもしれない。