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中国の7.8%成長、疑わしい数字

津上俊哉(つがみ・としや)/現代中国研究家

2013年2月22日

 2012年の中国経済統計が1月18日に発表され、通年で7.8%の経済成長を遂げたことが発表されたが、中国でも商業メディアの反応は冷淡だった。だいたいそのような発表になるだろうと、みんなが事前に分かっていたからだ。しかし、普通の人は関心がなくても、チャイナ・ウォッチャーはこれにコメントするのが仕事だ。3点コメントしよう。

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固定資産投資、大量の水増しか

 第1に昨年、急減速した中国経済は、秋にやや持ち直して「底入れ」したと言われる。しかし、本当に通年で7.8%も成長したのか? もっと言えば、景気急落が報じられた第2、3四半期の成長率は本当に7.6%、そして7.4%もあったのだろうか?

 7.8%成長の半分に貢献したとされる固定資産投資は、通年で36兆元(名目額、約540兆円)、対前年比20%増と発表された。この数字はリーマンショック前の2007年には11兆元だったが、4兆元の経済刺激が始動した09年には19兆元、10年には24兆元、11年には30兆元と激増している。09年から12年までの固定資産投資を単純に合算すると110兆元(約1650兆円)になる計算だ。

 問題はこれほど巨額の投資をファイナンスできるのか?ということだ。いま、中国の預金や企業債、信託商品などを合算すると、広義の貯蓄の合計は約110〜120兆元だとみられる。これは2012年の名目GDP52兆元の2倍以上に相当し、中国が他国と比べて異例に大規模な金融拡張を行っていることを示しているが、09年から12年までの固定資産投資の合算額はこの全体にほぼ相当する大きさである。こんなことが可能なのか?

 仮に、いま行われている固定資産投資のリターンが極めて高く、2〜3年で投資回収を終えて負債を償還できているのであれば、09年の投資に投じられた資金は、既に償還されて12年の新しい投資に振り向けられているだろう。このような資金の好循環、好回転が起きているのなら、ファイナンスの可能性を気にする必要はない。

 しかし、実態はその逆である。過去数年間の投資は明らかに過剰でリターンが低い。このために借り入れられた有利子負債も、借り換えによって元本償還を先延ばししているものが多い。それだけでなく、地方政府の行ったインフラ投資は既に少なからぬ金融不良債権を生んだと推定されている。

 また、昨年中国政府は、この36兆元の投資をファイナンスするために、大幅な金融緩和をしたか? 否である。4兆元の経済刺激が始動した09年、中国政府はこの巨大な景気刺激パッケージをファイナンスするために空前の金融緩和を行い、マネーサプライ(M2)や貸出は対前年比約30%の激増を記録した。これが不動産価格の暴騰を招いたことを反省して、その後は引き締め気味の金融運営を続けている。昨年も同じであり、マネーサプライや貸出の伸びは09年の半分程度だった。

 以上の観察が示唆するのは、昨年これほど大きな投資は実際には行われておらず、36兆元の数字には大量の水増しが含まれている疑いが濃いということである。「景気は昨秋にやや持ち直した」のだとしても、昨年の中国経済が通年で7.8%成長したというのは極めて疑わしい。

中国当局、労働人口減少に危機感

 第2の点は、中国の国家統計局は、昨年初の記者会見で「中国の労働人口比率(15〜59歳の人口が占める比率)が初めて減少した」と発表した。1年後の今年は「労働人口総数が初めて減少に転じた」と発表した。中国の統計は「物事の明るい側面を強調する」のが習わしなのに、なぜ2年も続けて不吉な発表をするのか。

 それは、国家統計局が中国の人口動態(demography)の先行きに強い危機感を覚えているからだろう。30年続けてきた「一人っ子政策」を早く方向転換しないと手遅れになると考えているのだ。

 いま経済成長と人口動態の関係は、世界的にファッショナブルな論点になっている。昨年末に米国国家情報会議(NIC)が発表した“Global Trend 2030”でも、4つの不可避なメガトレンドの一つに人口動態を挙げている。

 “Global Trend 2030”は「中国経済が2030年までに米国を上回る」と予測したことがメディアの関心を呼んだが、このレポートが準拠している国連の世界人口予測(WPP=World Population Prospect)は、こと中国に関するかぎりアテにならない。中国の出生率を高く見込みすぎているからである。10年に統計局が行った人口センサスの示す全国出生率は、少子化が世界で最も進んでいる日本ですら経験したことのない1.18というウルトラ低出生率だった。

 “Global Trend 2030”が参照したWPP2010年版はいまの中国の出生率を1.51と仮定し、中国総人口のピークアウトを26年としている。この出生率の仮定も高すぎるが、2年前の08年版はもっとひどかった。出生率を1.79と仮定し、総人口のピークアウトを32年としていたのである。WPPは最も権威ある人口推計として世界中が参照してきた。中国の将来を予測する近年の研究のほとんどは08年版に従って人口ピークアウトを32年としてきたのである。

中国経済、米国を上回らず

 いまやこの楽観的な仮定は覆されようとしている。筆者が1.18の出生率をそのまま用いて推計すると、総人口のピークアウトは2020年という結果が出た。一人っ子政策違反に罰金が科せられる中国では人口センサス実施時に「子供隠し(不申告)」が起こるので、真実の出生率はWPPと私の推計の中間である1.3〜1.4くらいはあるかもしれないが、それでも総人口ピークアウト時期は過去信じられてきた32年より10年近く早く来ることになる。

 経済学は労働投入、資本投入、全要素生産性の3つの要因で経済成長を説明する。少子高齢化はこのうち、労働だけでなく資本投入にもマイナスに働く(働き手が減って年金生活者が増え、貯蓄が減少するため)。その影響が次第に強まる中国経済が人口オーナス(人口動態がもたらす成長ブレーキ)の試練に見舞われる日は近未来に迫っている。統計局も「早く一人っ子政策を転換しないと、経済も社会も深刻な影響を被る」ことを懸念しているように感じられる。

 中国と世界が信じてきた「7%以上の成長がまだ10年以上続く」という予想は、あまりに楽観的すぎる。私は個人的に「中国経済(GDP)が米国を上回る日は来ない」と確信している。

人々の関心は習近平政権の改革に

 第3に、中国の代表的な株式指数、上海A株指数(SHASHR)は1月18日の経済統計発表に対して醒めた反応を示した(前日比1.4%上昇)

 この指数は「景気が持ち直した」と言われた昨秋以降も下落を続けた。2050の底値を付けたのは昨年11月、共産党18回党大会の人事を見てからだ。新しく選ばれた7名の政治局常務委員の顔ぶれに守旧派が多いのをみて、「経済改革は期待できない」という失望売りを誘ったのだとされる。

 しかし、その後急に上昇が始まり、12月だけで2350まで回復し、昨年6月の水準まで戻した。上場企業の直近の財務データをみるかぎり、市況好転を裏付けるような売上げ、利益の回復は見られないのに株価が上昇した。それは、総書記に就任した習近平氏が繰り返す改革志向、反腐敗の言動をみて、とくに総書記として最初の視察地に深xV靴鯀んだことが伝わって、マーケットが「改革の先行きはそう悲観すべきものでもない」と気を取り直したからだというのが証券会社の分析である。ちなみに、任期中に公有制経済への回帰など「左旋回」の経済政策を進めた胡錦濤・前総書記は、10年前最初の視察地に革命聖地を選んだ。/p>

 マーケットが新政権の改革志向の度合いを気にするのは、近年進行した「国進民退」(国有経済の比重が高まり、私営経済は逆に比重を落とし元気を失う現象)や既得権益の増大によって、「中国が袋小路にはまり込んでしまった」、「既得権にメスを入れる思い切った改革なしには中国経済の未来はない」と考えているからである。中国の人々の関心は、真実を反映しているか疑わしい成長率の数字ではなく、習近平政権が目下の閉塞感を打破する改革に踏み切れるかどうかの方にある。それが街角で感じる今の中国経済の雰囲気である。

      ◇

 つがみ・としや 1957年生まれ。80年旧通商産業省入省、96年在中国日本大使館経済部参事官 経済産業研究所上席研究員などをへて退職。2003年、「中国台頭」でサントリー学芸賞を受賞。現在、津上工作室代表