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習近平の「中国の夢」〜弱い権力基盤、まずは安定志向

佐々木 智弘(ささき・のりひろ)/日本貿易振興機構アジア経済研究所副主任研究員

2013年4月2日

 全国人民代表大会(全人代)が3月17日に閉幕し、習近平(シー・チンピン)政権が本格的にスタートした。習が何度も「中国の夢」に言及したことは全人代の流れを決定づけたといえる。習は「中国の夢」について、「小康社会の全面的構築達成、富強、民主、文明、調和の社会主義近代化国家の構築達成を実現し、中華民族の偉大な復興という中国の夢を実現するには、国家富強、民族振興、人民幸福を実現しなければならない」と述べている。習は人々に対し、「中華民族の復興」という目標を高らかに掲げたのである。


一党支配守るスローガン

 これを受け、全人代期間中に人民日報が全人代代表らにアンケート調査を行った。「中国の夢」に求めることとして、1位は富強、民族復興で31%だったが、2位以下は、環境保護・食品安全(13%)、科学技術・文化芸術の振興(10%)、医療衛生・社会保障の整備(8%)、社会経済発展(7%)、三農問題の解決(6%)、法制建設(6%)、収入分配・社会公平(6%)と続いた。多くの人が習近平政権に「中華民族の復興」ではなく、具体的な課題への対応を期待していることを示している。人々は、「中国の夢」には「共産主義の実現」のようなイデオロギー的要素もなければ、「科学的発展観」のような政策的要素もない、一党支配体制を守るために中国共産党の求心力を高める政治スローガンにすぎないことを見抜いている。

「脱・胡錦濤」をねらう

 習近平が「中国の夢」を強調したもう1つの背景には、「脱・胡錦濤(フー・チンタオ)」を加速させる意図もあった。習は国家元首にあたる国家主席に就任した。これにより、習は共産党(総書記)、軍(中央軍事委員会主席)を含め、すべての政治権力を胡錦濤から引き継いだ。胡は完全引退したのである。政治権力の独占に成功した習が「中国の夢」を強調したのは、「思想統一」、すなわち「中国の夢」への支持を通じて、党や政府の幹部に習への忠誠を表明させる「脱・胡錦濤」がねらいである。

 10年前に総書記を退任した江沢民は、その後も2年間にわたり中央軍事委員会主席に留任することで政治的影響力を保持した。胡錦濤は完全引退したことから、江沢民とは異なり、今後政治的影響力を保持することは難しいと思われる。これから2017年の次期党大会に向けて、共産党内の勢力再編は避けられない。習はいち早く権力固めを本格化させたのである。

 胡政権の改革の成果が低調だったことから、習政権への期待は小さくない。国務院総理に就任し、経済運営の責任者となった李克強(リー・コーチアン)の記者会見に注目が集まった。李は経済成長7%達成を目標に掲げ、内需を拡大し、経済格差を縮小するために民生分野(社会保障、教育など)を改善し、農村の都市化を進めることなどを表明した。これらは、胡錦濤政権の方針の継続だ。選択肢は、それしかないので否定的にとらえる必要はないが、特に目新しい内容はなかった。

民営より国有企業に発展を託す

 国務院人事にも特徴が見られた。副総理格の国務委員に国務院国有資産監督管理委員会(国資委)主任を歴任した王勇が抜てきされた。またマクロコントロールを主管する「スーパー経済官庁」といわれる国家発展改革委員会(発改委)の主任に国土資源部長を歴任した徐紹史が抜てきされた。現在の中国の経済発展をけん引する石油・天然ガス開発や電力供給、非鉄金属、金融部門などの業種の大きなシェアを占めているのが国有企業である。その国有企業の発展を支持し、国有資産の価値を高めてきたのが国資委である。その国資委主任を国務委員に抜てきしたことは、習政権が民営企業よりも国有企業に安定した経済発展を託そうとしていることを示唆している。

 習近平は権力ポストを独占したが、権力基盤はまだ弱く、安定志向の特徴を見て取ることができる。習がどのように、そしてどの方向にリーダーシップを発揮していくのか。これからの政権運営に注目したい。

      ◇

 ささき・のりひろ 専門は中国政治外交。慶応大大学院法学研究科修士課程修了。
 1994年アジア経済研究所入所。ホームページ「中国新政治を読む」http://hw001.wh.qit.ne.jp/sasaki-zuo/