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東アジア大学院(EAUI)設立構想、アジアと手携え日本社会の再生目指す

松岡 俊二(まつおか・しゅんじ)/早稲田大学アジア太平洋研究科教授(環境経済政策学)

2013年4月8日

 2013年3月初旬、東日本大震災と福島原発事故から2年を迎えようとする日々を、私はシンガポール、仙台、東京で過ごした。

 シンガポールでは、早稲田大学、ナンヤン工科大学(シンガポール)、高麗大学(韓国)、北京大学(中国)、タマサート大学(タイ)の大学院生39名と教職員20名が参加した5大学共同ウインタースクールと合同教職員会議をナンヤン工科大学で開いた。これは、東アジア大学院(EAUI:East Asian University Institute)構想を提唱している早稲田大学アジア太平洋研究科キャンパス・アジアEAUIプログラムによる事業である。5大学のコンソーシアムを進化させることにより、2020年頃に東アジア大学院(EAUI)設立を構想している。

不可欠な政治的合意

 もちろん、国民国家をベースとした既存の大学とは本質的に異なる、国際条約等に基づく地域大学院は、ボトムアップだけで設立することは難しい。欧州統合の専門家養成を目的として1974年の欧州国際条約により設立された欧州大学院(EUI: European University Institute)は、その証左である。東アジア地域協力の担い手を育成する東アジア大学院(EAUI)設立に際しては、東南アジア諸国連合と日中韓(ASEAN+3)や東アジアサミットなどにおける政治的合意(トップダウン)が不可欠である。

 さて、ナンヤン工科大学における5大学ウインタースクールは3月1日に終了し、私は、翌日、シンガポールから東京に戻った。マスコミは大震災や原発事故関連の報道を増加させていた。私自身も3.11モードに入り、3月6、7日は東北大学で開催された震災復興国際会議に出席した。仙台から東京に戻った8日には、福島原発事故と今後の安全規制を議論する国際シンポを早稲田大学で開催した。

 あれから2年が経過した。早いものである。この2年間、東アジア大学院(EAUI)構想の推進と福島原発事故および震災復興の研究に全力で取り組んできた。しかし今、人がいかに「初心」を忘れやすいのかを痛切に感じている。改めて「初心」を思い起こすべき時ではないだろうか。

 東アジア大学院(EAUI)構想は、文科省「大学の世界展開力強化事業」の申請調書「アジア地域統合のための東アジア大学院(EAUI)拠点形成構想」(略称:キャンパス・アジアEAUIプログラム)に端を発する。2011年の晩春から初夏に私が責任者として調書をまとめて文科省へ提出、秋に採択が決まった。同年12月、プログラムは正式にスタートした。

 東アジア大学院(EAUI)構想は、まさに東日本大震災と福島原発事故の影響が色濃く日本社会を覆っていた時期に形成された。構想の精神的原点(初心)は、東日本大震災と福島原発事故であり、特に『敗北を抱きしめて』の著者である歴史家ジョン・ダワーの次の日本社会へのメッセージに触発されたものであった。

 「個人の人生でもそうですが、国や社会の歴史においても、突然の事故や災害で、何が重要なのか気づく瞬間があります。すべてを新しい方法で、創造的な方法で考え直すことが出来るスペースが生まれるのです。関東大震災、敗戦といった歴史的瞬間は、こうしたスペースを広げました。そしていま、それが再び起きています。しかし、もたもたしているうちに、スペースはやがて閉じてしまうのです。既得権益を守るために、スペースをコントロールしようとする勢力もあるでしょう。結果がどうなるか分かりませんが、歴史的節目だということをしっかり考えてほしいと思います」(インタビュー「歴史的危機を超えて」『朝日新聞』2011年4月29日付)。

大学や学問のあり方、根本的に問われる

 環境経済や環境協力を専門とする私にとって、福島原発事故は強烈なショックであった。自分が長年携わってきた大学や学問のあり方が根本的に問われていると感じた。大学人として、すべてを新しい方法で、創造的な方法で考え直したとき、これから何をなすべきか考えた。

 希望や未来を感じることの少なくなった日本社会で、大学はもっと積極的に組織や雇用のあり方も含めた未来の社会モデルを研究開発し、世界に提示すべきではないか。その有力な回答が、アジアと手を携え日本社会の再生のための知的プラットフォームを東アジア大学院(EAUI)として設立するというアイデアであった。

 アジアは永らく「停滞のアジア」と言われてきたが、20世紀末からの工業化と域内分業の進展は「成長のアジア」をつくり出した。今やアジアは人類史上初めて世界の成長センターとなり、グローバルアジアとなった。しかしグローバルアジアは、同時に環境破壊や人権無視など様々な社会問題の中心でもある。

 こうした中で起きた1997年のアジア通貨危機は、東アジアにおける地域制度の脆弱性を明らかにし、リスクに抵抗力のあるレジリアントな地域制度の構築が大きな課題となった。持続可能なアジア社会形成のための地域協力は、「地域益」の実現のためだけでなく、持続可能な地球社会の形成のためにも不可欠である。

地域協力のための人材育成が不可欠

 持続可能な地域協力を進めるためには、地域制度の担い手である地域協力のための人材の育成が不可欠である。こうした地域協力人材はアジア地域の各国・各大学の緊密な協力の下、アジアにおける留学経験を踏まえ、アジアの多様性へ敏感な感性を備えた大学院レベルのプロフェッショナル・リージョナル・デザイナーとして育成することが最適である。

 そのための東アジア大学院(EAUI)は開かれた地域主義に立脚し、世界的な観点からアジアの多様性をふまえた持続可能な地域協力を創造するため、高度かつ最新の学術知識をアジア地域統合教育プログラムとして提供する。

 学術芸術文化といった21世紀のソフトパワーに目を向けると、20世紀後半からアメリカ型の大学モデルが世界を席巻し、アメリカ・モデルを前提にする限り、日本やアジアの大学は二流、三流の下請けポジションから脱却することは困難となっている。アジアに経済力のある今こそ、アジアの多様性を踏まえたアジア独自の革新的な知のプラットフォームを形成し、アジア型大学モデルを提示すべき時である。

大学の自治、学問の自由という伝統

 そのためにも日本の大学はもっと外に出て勝負すべきである。日本にはまだ競争力がある。日本には大学の自治や学問の自由という他のアジアの大学にはない良き歴史があり、また地域研究や環境研究や災害研究といった優れた学際研究がある。しかし、こうした20世紀に日本の強かった地域研究や学際研究も、そのままでは「知識の爆発的増加」というべき21世紀の文脈では通用しない。

 例えば、地域研究は一国研究(エリアスタディ)から広域研究(リージョナルスタディ)へ進化すべきである。また、福島原発事故の最大の教訓は専門家だけの閉じた知の共同体は、大きな社会的災厄をもたらすということであり、21世紀の学際研究は従来の文理融合(文系的知と理系的知の融合、インターデイシプリン)から、文系と理系の専門家だけでなく、専門家と市民社会が恊働(きょうどう)した文理社会恊働(恊働とは、多様な主体が共通の目的の達成のためパートナーシップを形成し活動すること、トランスデイシプリン)による総合知の創造へと展開すべきである。

 かかる知の革新と総合知の創造のためには、アジアの多様性を踏まえたアジアの大学間恊働こそ有力なアプローチであり、知の革新をより広く世界に示していくことこそが、日本の学術界や大学の重要な使命であり、東アジア大学院(EAUI)はこうした新たな学問の創成と教育を行うものと位置づけられる。日本の大学は未来の社会モデルをアジアへ、そして世界へ提示すべきであり、今こそチャレンジをすべき時だし、今が最後のチャンスである。

      ◇

 まつおか・しゅんじ 1988年、京都大大学院経済学研究科・研究指導認定退学、広島大教授をへて現職。学術博士。著書に『フクシマ原発の失敗』(早大出版部)、『アジアの環境ガバナンス』(勁草書房)など。