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農村の生活水準が急速に向上、ネットの書き込みから分かること

津上俊哉(つがみ・としや)/現代中国研究家

2013年4月11日

 中国でもブログや中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」流行りの時代になったせいで、春節(2月)で里帰りした都市生活者たちが、郷里で見聞きしたこと(「回郷見聞」)をネットに大量に書き込んでいた。

 中国は広い国であるうえに、農村と都市を隔てる(戸籍や土地をめぐる)制度や人々の観念上の「仕切り(隔壁)」があるせいで、農村や田舎で何が起きているかは、北京や上海のような大都市にいたのでは分からない。

 中国各地から寄せられた大量の「回郷見聞」を通し読みして、普段知られない農村部の最新の動向がリアルに伝わってきた。農村では、いま大きな変化が起きているようだ。

AJWフォーラム英語版論文

社会保障、普及し始める

 ほとんどの人が郷里(農村のほか「鎮」など小都市も含む)の収入レベルが急速に上がっている、と言っている。 「普通のブルーワーカーでも月給3千元くらい」(注:都会の大卒の初任給とあまり変わらない)、さらに「技能者(例えば内装工)なら5〜7千元」「食堂や商店を経営する自営業者は年間数十万元の収入」等々。

 収入アップを象徴するのは、マイカー(といっても、価格10万元までの小型車)の普及であり、「農家10軒に2〜3台はマイカーがある」という書き込みが広汎な地方から寄せられ、あちこちの田舎で春節中に道路渋滞が起きていたという。

 同時に、「大型スーパーが建設中」「ファストフード店が開店した」など、消費生活の高級化を指摘した人も多かった。「物価が驚くほど上がっている」「インフレ傾向は田舎でも顕著だ」と言う人も多かった。

 生活水準向上の一つの理由は、農村にも社会保障制度が普及し始めたことだ。

 「老親が数万元の保険料を予納した結果、毎月数百元の養老金を受け取れるようになった(5,6年でモトが取れる)」「医療保険制度が適用されるようになって、医療支出の7割方は返ってくるようになった」等々。

 農地を企業に賃貸して、自らは耕作に従事しない農民が増えていることについての言及もあった。数年前から農民が農地を賃貸したり、処分したりすることを認める「農地流動化」政策が発表されたが、現実が動き出したようだ。

 同時に、農村居住区でも、地元政府がアパートを建設して、農民に移り住んでもらう『宅地集約』政策が各地で進められ、元々の居住区から人影が消えて、昔の賑やかなムラの春節風景が見られなくなったと言う人も多い。

地方への財政移転の効果も

 なぜ、農村経済が急に豊かになったのだろうか。おそらく中央から地方へ、東部から中西部へ、政府の財政移転(fiscal transfer)が大幅に増加していることが原因だろう。「我が郷里の中西部の某小都市の場合、財政収入の7割は上級政府や中央政府からの財政移転に頼っているそうだ」と言う人もいた。経済的に貧しい中国の地方小都市や農村が自主財源に倍する財政移転を受けられるようになりつつあるとすれば、それは都市と田舎の間の格差を是正するための大きな前進だ。

 全体として、帰郷した都市生活者たちにとって、農村部の急速な生活向上はやや意外だったようだ。過去10年間続いた胡錦濤・温家宝政権に対して、大都会では「不作為・改革逆行の10年間だった」と批判の声が強いが、農村部では、農村に対する財政投入を大幅に増加させたことを「善政」だと讃える声がかなりある。ここでも都市と農村の間では、評価に大きなギャップがあるようだ。

住宅建設ブーム

 もう一つ、農村の生活水準を向上させている原因として、ほとんどの人が指摘したのは、住宅建設ブームだ。地方大都市だけでなく、農村と都市の境界に位置する「鎮」地域でも大量のマンションが建設されているという。

 建設ブームは農地収用を伴う。過去には、わずかばかりの補償金で農地を収用して農民を追い立てる地方政府の悪政が批判の的になってきたが、近年、補償水準が大幅に引き上げられた結果、地域によっては、自分の農地が収用される日を待ち望む農民も出てきたという。これも農村部収入アップの一因らしい。

 いま中国では、中央でも地方でも、次なる成長戦略として「都市化」が大流行だ。中国の地方指導者は「大型投資を実行すること」が業績に繋がるという意識の持ち主である。そのせいで「4兆元投資」政策の後、インフラや素材産業を舞台に猛烈な投資競争が起こり、過剰投資と負債の積み上げを引き起こしてしまった。彼らはそれでも懲りずに、最近「ニュータウン建設投資は、青信号」と考えて、またぞろ投資に邁進し始めているようだ。

 東部の沿海都市は、今後、中西部の農村や田舎から「省」をまたいで大量の住民を受け容れるつもりでニュータウンを建設している。「人の送り出し」側と目されている中西部の農村や田舎は、自分たちの足許を「都市化」するつもりでニュータウンを建設している。住宅需要はダブルカウントされていないか?農村部における収入アップのもう一つの原因は少子高齢化の進行なのだ。このままでは、「ニュータウン」は過剰投資の最新事例になりかねない。極論すれば、野放図な住宅投資を進めれば、すでに不合理なレベルに高騰している住宅バブル崩壊の引き金を引くことにも繋がりかねない。

 今後の中国がさらなる「都市化」を必要とすることは疑いがないが、それは投資という一回性の需要を喚起するためではないだろう。都市化を必要とする本当の理由は、都市化による人口や経済活動の集積と密度の上昇が経済の生産性や付加価値の向上をもたらすからである。

 例を挙げれば、人口密度が高まればコンビニが出店できるようになり、地域に経済が集積してくれば、会計や法務のプロフェッショナルサービスが成り立つようになる。人口や経済の規模と集積が高まれば、生産性や付加価値の高いサービス業が発達し得るのである。

 中国経済はすでに余剰労働力をおおむね使い切り、人件費の急激な上昇に直面している。今後、経済の実質成長を確保するために、人件費を上回る速度で全要素生産性(Total Factor Productivity)を向上させ、付加価値を増大させなければならない。中国はまさにこのために都市化を必要としているのである。

経済は民間に任せよ

 地方政府の財政は4兆元投資で積み上げた有利子負債のせいで、すでに健全さを失っている。おまけに上述したとおり、農民の社会保障への財政投入が大幅に増加している。地方政府が経済開発の投資と民生への投入を二つ同時に進めるのは難しい。中西部や農村地帯の生活向上は、喜ばしい変化だが、これまでの仕事を見直さずに新たな仕事を引き受けて、地方財政は維持可能かという疑問が湧く。

 中国は、官民の役割分担を仕切り直すべきである。つまり、経済は(民間)企業に任せ、政府は社会保障など政府らしい仕事をするということである。そうした観点から、今後、政府に必要とされる行動は、都市と農村を隔てている戸籍制度を改革したり、行政サービス格差を解消したりする、すなわち「人の都市化」に力を入れることであろう。それらの問題が農村と都市間の人の円滑な移動を妨げ、都市における貧富格差など摩擦を生む原因となってきたからだ。また、地方政府は、ニュータウン建設よりも、住民にとっての住みやすさ、企業にとってのビジネスのやりやすさを競う競争に力に入れるべきである。

 帰郷した都市生活者たちが目撃した農村の所得向上は、とくに大都市で収入の良い仕事に恵まれない地方出身の大卒者にショックを与えたようである。「わざわざ都会に出て大学を卒業した意味はどこにあったのか」と。農村地帯の所得向上により、都市部の人手不足と賃金上昇はさらに激化するだろう。

 住民が沿海の大都市を選ぶか、地方の中小都市を選ぶか。それは住みやすさ、ビジネスのやりやすさを見て住民が選択する…そのために地方が競争することが今後の中国の生産性や付加価値を高める近道である。

      ◇

 つがみ・としや 1957年生まれ。80年旧通商産業省入省、96年在中国日本大使館経済部参事官 経済産業研究所上席研究員などをへて退職。2003年、「中国台頭」でサントリー学芸賞を受賞。現在、津上工作室代表