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ベトナム憲法改正 知識人らが民主化要求

坪井 善明(つぼい・よしはる)/早稲田大教授(ベトナム政治)

2013年5月30日

 ベトナムで憲法改正作業が進んでいる。国際協力機構(JICA)のシニアアドバイザーとして、私はベトナム政府の求めに応じ、日本の憲法学者や内閣法制 局の協力を得て改正事業の取りまとめをしている。経済成長著しいベトナムだが、共産党の一党支配が続く。改正作業の過程で知識人らからの民主化要求が高まり、注目される。

AJWフォーラム英語版論文


 憲法草案は、昨秋の国会で審議が始まり、1月から3月まで国民に示された。ネット上で論議が盛り上がり、グエン・ディン・ロッ ク元司法大臣ら72人の政治家や知識人らが「嘆願書72」を発表、複数政党制や人権の改善、土地私有制などを求めた。共産党支配を揺るがしかねない革命的内容だ。

 グループは8割余りが党員で、世間から尊敬されている有識者だ。その彼らが党の指導的地位を規定した憲法4条を削除し、複数政党制によ る選挙を要求。国連の世界人権宣言を準用し、政治的理由で人権を制限している条項の改善を求めている。各地で紛争が起きている土地問題の根本的解決のため には耕作者が土地所有者となるよう、私有制復活を提起した。

 さらに司法、立法、行政がチェック・アンド・バランスを取るような統治機構を要求。 軍隊は共産党防衛のためではなく、祖国と人民を守るものに変える。憲法改正手続きは、共産党支配の国会で承認するのではなく、透明性の高い国民投票による ものとする。ネットを中心に「嘆願書」署名者は、4月末までに1万人を超えたという。

 グエン・フー・チョン共産党書記長は、嘆願書を厳しく批判した。国営新聞記者が個人ブログで「書記長に批判する資格はない」と非難すると解雇されたという。公安当局はロック氏らを監視下に置いたと報じられている。大学には署名した学生を退学処分にするよう求めたという。

 嘆願書グループに近い人に聞いた。「今、体制変革できるとは思わない。大衆が論議する契機となれば、と提出したのだろう」「欧米の人権団体の支援でデモが 過激化して騒乱状態が起こると、警察や軍隊が抑圧する。経済が破綻(はたん)して喜ぶのは、隣国の中国だ。みな最悪のシナリオは避けたい」。極めて現実感 覚にあふれた見方だ。

 憲法改正最終案は、10月の国会に提出され、年末までに採択の予定だ。民主化要求に共産党は当面、積極的には応じないだろう。しかし国民はしっかりとした議論を繰り広げている。将来を見据えた人々の知恵が、徐々に現実化してくる予兆が感じられる。