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中国経済成長の先行き、新指導部はブレーキ踏む勇気を

津上 俊哉(つがみ・としや)/現代中国研究家

2013年6月24日

 中国国家統計局は4月中旬、今年の第1四半期の中国GDP実質成長率が7.7%だったと発表した。事前の市場予想の8%を下回ったために世界の金融市場を失望させたが、海外と中国には「むしろ7.7%も成長しているのか?」という懐疑の声がある。

AJWフォーラム英語版論文

 李克強総理は遼寧省書記をしていた2007年、駐中国米大使に「経済評価で注目する統計は、電力消費、鉄道貨物量および銀行融資の3つだけ。GDP統計は『人為的』で『参考用』にすぎない」と語ったとされる(ウィキリークス)。第1四半期の3つの統計を見た李克強総理も、GDP統計が示すほど経済の先行きを楽観していないと思われる。

 第1四半期の電力消費の対前年伸率は4.1%、景気の急減速が伝えられた昨年第3四半期と同じ低い伸び率に落ちた。3月単月では1.9%という低さだ。貨物輸送(トラック、鉄道、水路、航空の貨物輸送トンキロ数合計)は景気底入れが伝えられた昨年第4四半期の8.0%から6.3%へ、うち鉄道貨物は−5.3%から−1.3%に「改善」したが、トラック貨物は20.2%から12.3%へ低下した。

「熱い融資、冷たい経済」 資金はどこへ?

 李克強総理が注目する残る一つの指標、金融データだけは電力消費、貨物輸送量と異なる動きをした。金融データについては、最近、銀行融資以外の新興資金調達ルートである「シャドウ・バンキング」が急成長しているため、銀行融資データを見るだけでは不十分で、人民銀行(PBOC)が昨年から公表するようになった「社会融資総量」を見る必要がある。

 それによれば、第1四半期、3月末の銀行融資は昨年末に比べて3兆2千億元の伸び、銀行融資以外のいわゆる「シャドウ・バンキング」は2兆8千億元の伸びだった。金額では銀行融資の伸びの方が大きいが、1年前のそれぞれの数字は2兆6千億元と1兆2千億元だった。つまり融資増加額の対前年比は、銀行融資が23%に対して、シャドウ・バンキングは130%に達した。両者を合計した新規社会融資総量6兆元は1年前の3兆9千億元の58%増にあたり、激増と言って良い。

 資金調達はかくも熱いのに、実体経済は冷えている(「融資熱、経済冷」)。この統計を知った国家指導者は「資金は何処へ行ったのか」と下問した由である。

 答はシャドウ・バンキングがなぜ急増しているかを見れば明らかになる。資金の出し手と借り手の双方の視点から見てみよう。

シャドウ・バンキング、銀行預金を嫌う資金の出し手

 シャドウ・バンキングは手持ち資金の豊かな企業が、資金の出し手になっている。従来銀行に預金していた彼らは、いま規制金利制度により不当に低く抑えられた預金金利を嫌って預金したがらない。そこで優良顧客を失いたくない銀行が委託融資、信託融資など、高利回りの運用手段を仲介して顧客を繋ぎ止めようとしているのである。ほかに上場企業による社債発行も増加している。

 つまり、資金の出し手から見て、シャドウ・バンキングは高利回りの資金運用方法であることに意味がある。委託融資や信託融資の資金の取り手は、1〜2年の短期融資に10%以上の金利を支払う必要がある。これは同等の銀行融資の基準利率より5割以上コストが高い。

 次に資金の借り手の視点から見てみよう。シャドウ・バンキングが急増するのは、高利でもいいから資金を借りたい企業が多いからだ。つまり局部的にはクレジット・クランチ(金詰まり)に似た現象が起きている。

 これは一見矛盾した現象だ。中国は4兆元投資による経済刺激を実行するため2009年以降空前の金融緩和を実行したせいで、いまマネーサプライ(M2)がGDPの約1.9倍もある。この数字だけ見れば、主要国の中で最も「資金ジャブジャブ」の状態にあるのに、クレジット・クランチが起きるのはなぜか。答は簡単だ。

 2009年以降、国有企業や地方政府による固定資産投資があまりにも巨大なせいである。2月22日のコラム「中国の7.8%成長、疑わしい数字 」http://www.asahi.com/shimbun/aan/column/130222.htmlでも指摘したように、2009年から2012年までの4年間の固定資産投資額(統計)を合計すると110兆元に達する(実際に110兆元も投資できたかは疑問だが)。製造業は設備投資の競争をし、不動産業は空前のブームに沸き、地方政府は遠い将来までの需要を先食いしてインフラ建設の競争をした。

 しかし、いま製造業は過剰投資・過剰生産による製品価格の下落に直面し、不動産業は不動産価格高騰を許さない国務院の厳しい引き締め姿勢に遭遇、地方政府は野放図な借り入れで重債務状態に陥っている。

 投資したプロジェクトが十分な収益を生まないのに、資金調達の過半を賄った有利子負債の償還期限(せいぜい3〜5年間)は続々と到来している。2009年には青天井で融資してくれた銀行も、今はこれら企業の負債償還能力に不安を覚えて貸出に慎重だ。

 高利のシャドウ・バンキングの借り手が引きも切らない大きな原因は、企業が期限の到来した銀行融資を償還するために大量の資金を借りる必要があるからである。

急激に悪化する資金循環

 債務者企業はなんとか償還資金を調達して弁済不能事故を免れているが、融資の元本が金融セクターに戻ることはない。たとえて言えば、プールに満々と水を張ったのに、中に放った大クジラが大半の水を飲んだまま動こうとしないようなものである。中国の資金循環が急激に悪化していると言ってもよい。その結果、新規事業が利用可能な資金が減少して、金利が上昇する現象が起きている。

 紙幣印刷機をさらに回す、つまり金融拡張を続ければ、資金不足を解消することができるかもしれないが、いまや不動産価格も物価も公式統計が示す以上に高騰している。世論は「過去4年間の金融拡張が国民から富を奪った」として強い不満を抱いており、これ以上の金融拡張は政治的にも困難だ。

投資主導の成長政策は限界

 高水準で低効率の投資に依存した経済成長がもはや続けられないところまで来ていることは、企業財務の観点からも裏付けられる。

 国際通貨基金(IMF)は4月に出した「世界金融安定報告(Global Financial Stability Report)」で、データの取れる中国上場企業のうち負債/資産比率が高い上位10%の平均が80%に達したこと、EBIT(支払金利前税引前利益)/支払金利の比率をみると、上場900社の中央値が、2003年の4.4から2012年上期には2.1に低下しており、収益が負債の増加に追い付いていないことを指摘している。

 もう一つ、中央直轄国有企業約800社の集計データに拠れば、2010年から2012年にかけて、負債比率は63.8%から65.6%に上昇し、資産利益率は3.4%から2.9%に下落した。今後さらなる負債の増加や金利の上昇が起これば、いまでさえ乏しい国有企業の利益はさらに減少することになる。

 資金循環からみても投資主体の財務状態からみても、投資主導の成長政策は限界に来ている。中国には、中西部や、都市化に伴うインフラ整備の需要はまだまだ強いことを理由に、今後も投資主導の成長路線を継続せよと唱える学者がいるが、投資が減速せざるを得ないことは明らかだ。

地方政府、無謀な投資を止めず

 中国は投資のブレーキを踏むことが出来るだろうか。財務の制約を負っている中央国有企業には、まだ自制が期待できるが、最大の問題は地方政府にある。

 地方政府の近年の投資行動はまるで薬物依存症のようだ。これまで地方財政を潤してきた土地の売却収入は目に見えて減少しつつあるのに、いまなお債務を増大させて投資を続けようとしている。

 無謀な投資を止めようとしないのは、地方政府の予算・財務の制約がソフトすぎるからである。自力で債務を償還できなくなっても、上級政府や中央財政が面倒を見てくれるはずだと楽観しているのだ。なぜなら「成長持続は社会安定のために何より大事」なはずだから。

 企業であれば債務超過に陥ったとき、経営者の首を切って倒産処理させることもできるが、たしかに地方政府を破産させることは困難だろう。しかし、救済を要請した地方政府の書記や首長は解任して責任を取らせるといった明確な政策を打ち出して、ソフトな予算制約をタイトにしない限り、最後は地方政府の無謀な投資のツケを中央財政がまるまる払わされる羽目になる。

 もう一つの難題は中央政府自身にある。習近平主席、李克強総理が率いる新政権は第18回党大会で「国民所得と国民の収入を2020年までに倍増する」公約を打ち出した。今後平均7.5%成長を継続すれば達成できるとされる。しかし、投資水準が対前年で横ばいになるだけで、これまで7〜8%成長の半分を牽引してきた投資のGDP牽引力はゼロになる。もし前年を下回れば、かえってGDP成長の足を引っ張るブレーキになる。実はその傾向は既に始まっている疑いが強い。第1四半期に景気が息切れしたのもそのせいだろう。

投資、適正水準に減速せよ

 投資を適正水準に減速させることは、今後の中国経済、とりわけ中央財政の長期的健全性を確保するために必須だと思われるが、それをやれば今後数年間の成長率は5%にも達しなくなるだろう。新指導部は発足早々、公約を後退させなければならなくなり、面子を失うだけでなく、政治的リーダーシップの確立にも影響するだろう。しかし、それを嫌って現状を続ければ、2020年に至る前に中国経済は完全に行き詰まるだろう。

 中国の銀行システムは、規制された低金利で大量の資金を国有セクターに優先的に供給してきたが、シャドウ・バンキングの成長による銀行貸付の相対的縮小や調達金利の上昇は、銀行融資のあらかたを消化してきた大型国有企業や地方政府関連企業など低効率な国有セクターに強い圧力を及ぼすだろう。

 それは生物にたとえれば、市場経済が過去数年の投資の暴走に対して起こした免疫反応のようなものである。当面の成長は低下しても、市場経済の摂理を尊重し、基本に立ち帰ることが中国経済の成長を持続させる唯一の途である。 新指導部は苦しくとも、いまブレーキを踏む勇気を求められている。

      ◇

 つがみ・としや 1957年生まれ。80年旧通商産業省入省、96年在中国日本大使館経済部参事官 経済産業研究所上席研究員などをへて退職。2003年、「中国台頭」でサントリー学芸賞を受賞。現在、津上工作室代表