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ベトナム、国家プロジェクトめぐり議論を封殺

中野 亜里(なかの・あり)/大東文化大学教授(現代ベトナム政治)

2013年7月5日

 日本とベトナムは今年で国交40周年を迎える。1月の安倍首相のベトナム訪問時に、両国は「戦略的パートナーシップ」のさらなる発展を確認、原発建設と、レアアースの開発で協力を継続することで一致した。しかし、近年のベトナムの資源・エネルギー開発では様々な問題が浮上しており、これまでの事例を見る限り、将来の原発建設にも大きな危惧を覚える。

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 ベトナム中南部の高原で中国企業の投資により進められているボーキサイト採掘・アルミナ生産は、原発建設と並ぶ国家的な大規模プロジェクトである。しかし、この計画は中越両共産党の指導部間で秘密裡に合意され、ベトナム国会の審議も通さずに始まった。環境影響評価報告は公表されず、法に抵触する問題も指摘されている。決定過程の透明性や計画の説明責任が欠如していたため、ベトナムの知識人を中心に組織的な抗議行動が展開され、ボーキサイト開発問題は民主化や情報の公開を求める動きを活性化させた。

ボーキサイト開発、住民に十分な説明なし

 筆者は開発現場であるダクノン省とラムドン省の農村で聞き取り調査を行なったが、ボーキサイト採掘・アルミナ生産工場の建設・拡張や、土地の収用計画、補償金などについて明確な説明を受けている住民はいなかった。建設現場からの土砂流出、廃水、騒音、振動などで被害を受けた農民が企業や行政機関に訴えても、実質的な対策はとられていない。

 企業の「予算不足」のため、建設現場の労働者への賃金不払いも生じていた。労働者の多くは地方からの出稼ぎで、雇用が不安定なため、年末年始の休暇が明けても職場に復帰しない者が多いという。開発が地元に雇用や職業訓練の機会を提供し、地域の経済発展に貢献するという政府の説明は実証されなかった。プロジェクトを管轄する工商省は、「地元住民の生活を尊重している」と主張するが、現実と大きな隔たりがあることは否めない。

 一方、工場建設は当初の計画より2年も遅れ、2010年にはアルミナ生産を開始するはずだったラムドン省の工場は、2度にわたり稼働延期を決定している。計画管理当局の説明では、アルミナ生産には複雑な技術が要求されること、一部の作業過程で「エラー」があり、工程が安定しないこと、土地の収用が遅れていることが理由だという。アルミナを搬出するため、ビントゥアン省ケガー港の拡張も計画されていたが、2007年に政府の認可が下りてから5年を経過しても工事が進まず、今年2月には遂に計画が中止された。工場と港を結ぶ道路の拡張、橋梁の補強工事も進んでいない。計画の破綻は明らかだが、その責任の所在は不明確である。

 ボーキサイト開発をはじめ様々な大規模プロジェクトの失敗や、国有企業の腐敗に対する批判が高まり、対応を迫られた政府は、今年3月「人民の質問に大臣が答える」という会合を開催した。ボーキサイト開発の行き詰まりについて問われたヴ・フイ・ホアン工商相は、「ベトナムでは初めての試み」であり、「(数百億ドルという)莫大な資金管理の経験がない」「複雑な技術が要求される」という理由を述べた。同じことは原発建設についてもあてはまる。

 筆者は今年初め、ベトナム工商省と日本の大学・研究機関の共催で、資源開発と環境行政に関する研究会をハノイで開催した。しかし、工商省側はボーキサイト開発問題を議題にすることを断固拒否し、開発に批判的な専門家や知識人の出席も認めなかった。環境問題を担当する資源・環境省の参加さえ受け入れようとしなかった。筆者らは、計画推進側と批判側が同じテーブルに着き、自由に議論する機会を作ろうとしたのだが、その試みは計画段階から封じられた。

原発建設反対、不当逮捕も

 ボーキサイト開発に抗議し続けてきたベトナムの知識人たちは、チェルノブイリや福島第一原発事故の情報も共有し、ロシアと日本がニントゥアン省で進めている原発建設計画にも反対の声を上げている。しかし、中心的な人物はつねにベトナム公安警察の監視下に置かれ、不法な逮捕や家宅捜索を受けることもある。

 世界各国では、大規模な資源・エネルギー開発について、政府や企業、地元住民や少数民族、専門家、知識人、一般市民、NGO、国際機関などが対等な立場で問題解決に参画するガバナンスの実現をめざす大きな潮流がある。しかし、「国際共同体への主体的参画」を外交路線に掲げるベトナム政府は、実際にはこの流れに逆行している。不都合な事実を隠そうとする体質は、筆者がこの国を観察し続けてきた20年以上の間、基本的に変わっていない。十分な情報開示がなく、自由な議論が封殺された政治風土における原発建設は、技術や経済効果以前の深刻な問題をはらんでいる。日本はこのような相手国の状況を理解した上で、協力のあり方を再考すべきだろう。

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 なかの・あり 大東文化大学国際関係学部教授。慶應義塾大学大学院博士課程満期退学。博士(法学)。著書に『ベトナムの人権 多元的民主化の可能性』(福村出版、2009年)。『現代ベトナムの政治と外交』(暁印書館、2006年)。編著『ベトナム戦争の「戦後」』(めこん、2005年)