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日本軍「慰安婦」制度は性奴隷制

吉見 義明(よしみ・よしあき)/中央大学教授(日本現代史)

2013年9月24日

 安倍晋三首相や橋下徹大阪市長など、これまでに日本軍「慰安婦」問題に関する1993年の河野洋平官房長官談話の見直しを主張したか、いま主張している政治家は少なくない。彼らは、この問題での日本政府の責任を否定しようとしているが、その論拠としては、女性たちの募集に際し、「軍または官憲による暴行・脅迫を用いた連行(軍・官憲による略取)」の証拠がないということを挙げている。

 しかし、これは、連行の一つの方法だけを問題にする、あまりに限定した議論だ。問われるべき、もっとも基本的で重要な問題は、女性たちが慰安所で強制的に軍人の性の相手をさせられたことだ。

AJWフォーラム英語版論文

 日本軍「慰安婦」制度では、女性たちには「居住の自由」「外出の自由」「廃業の自由」(いつでも辞めることができる権利)「拒否する自由」がなかった。女性たちは慰安所の狭い一室で一日中暮し、朝から夜までその部屋で軍人の性の相手をしなければならなかった。

 軍が作った慰安所規定がいくつか見つかっているが、そのうち、外出の自由を認めない規定は6件あり、認める規定は1件もない。人身売買により慰安所に入れられた女性たちは、前借金を完済するまでは、慰安所の中に拘束された。略取または誘拐された女性たちが一定期間拘束されたことはいうまでもない。女性たちが軍人の性の相手となることを拒否すれば、軍人か業者に暴力をふるわれた。したがって、この制度は性奴隷制度というほかない。

 軍・官憲による連行、証拠はある

「慰安婦」問題を知るためのサイト「ファイト・フォー・ジャスティス」の開設を発表する吉見さん(中央)ら=東京都内

 「軍または官憲による暴行・脅迫を用いた連行」の証拠はないという見直し派の主張は正しいだろうか? 1990年代にフィリピンの女性たちが被害者として多数名乗り出たが、そのほとんどはこのケースに該当する。

 中国の被害者たちは、4件の裁判を起こしたが、東京地裁と東京高裁は、2001年から2005年にかけて出した判決で、軍人が「強制的に拉致・連行して強姦し、監禁状態にして連日強姦を繰り返す行為、いわゆる慰安婦状態にする事件があった」などと認定し、4件のすべてがこのケースに該当するという事実認定をしている。

 オランダ政府が1994年に公表した調査報告書は、スマラン慰安所事件など、9件の軍・官憲による略取のケースを挙げている(未遂を含む)。インドネシア人の被害については、証拠となる元軍人の回想記が二、三見つかっている。軍・官憲による略取の証拠がないという論拠は崩壊している。

 なお、軍による誘拐のケースとしては、1948年に出された極東国際軍事裁判(東京裁判)の判決が、中国の桂林で、日本軍が女性たちを工場で働くと騙して慰安所に入れて「醜業を強制した」と認定している。

 植民地では軍・総督府が業者選定

 日本の植民地だった朝鮮・台湾では、軍または総督府が業者を選定し、彼らに無給の軍属の身分と様々な便宜を与え、女性たちを集めさせた。この業者は、だましや甘言、または人身売買により、女性たちを国外の慰安所に移送した。当時の刑法では、前者は国外移送目的誘拐罪であり、後者は国外移送目的人身売買罪であった。しかし、慰安所を監督・統制する現地の日本軍は、女性たちを解放せず、業者を逮捕しなかった。

 いずれにしても、軍の公文書が示すところによれば、軍は慰安所の設置を命令した。軍の意思で女性たちは募集された。移送には軍用船と軍のトラックが用いられた。慰安所の建物や必要な物資は軍が提供し、慰安所規則や料金も軍が決定した。慰安所は軍人・軍属専用だった。軍医による定期的な性病検査が行われた。

 以上の事実から、「慰安婦」制度は、日本軍が組織的につくった性奴隷制度であり、それは、河野談話が言う軍の「関与」をはるかにこえるものだったというほかない。したがって、日本軍・日本政府の責任は免れないことになる。

 日本政府は、この事実をあいまいにすることなく、明確に認めて被害者に謝罪し、賠償すること、歴史教科書などで事実を次世代に教えること、政府の責任を否定する発言に対しては政府の名で公式に反論することが必要だ。日本政府がこれらの措置を実行し、過去を克服すれば、それが日本人の新しい誇りとなると私は確信する。

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 よしみ・よしあき 中央大学商学部教授。1946年生まれ。東大文学部卒。東大大学院人文科学研究科修士課程修了。著書に『日本軍「慰安婦」制度とは何か』(岩波ブックレット)など。最新論文に「河野談話をどう考えるか」(『「慰安婦」バッシングを越えて』大月書店刊に所収)。2013年8月、学者やジャーナリストらと、「慰安婦問題」を正しく知るためのサイト「ファイト・フォー・ジャスティス(FIGHT FOR JUSTICE)」(http://fightforjustice.info/)を立ち上げた。