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薄熙来裁判 露呈した権力継承の制度的欠陥

鈴木隆/愛知県立大学准教授(中国政治)

2013年10月10日

 収賄などの罪に問われた中国共産党の元高官・薄煕来(ポーシーライ)被告の判決公判が9月22日に済南市の裁判所で開かれ、無期懲役、政治的権利の終身剥奪(はくだつ)、全財産没収の判決が言い渡された。審理において薄は、全ての罪状を否認し、党指導部への対決姿勢を示した。しかし、社会に根強く存在する薄への支持と同情に配慮し、党内融和と社会的安定の確保のため、死刑は回避された。

 今回の裁判は、習近平政権の反腐敗と法治の取り組みを評価する上で試金石となるだろう。同様の裁判に比べて、5日間に及ぶ審理は格段に長く、さらに法廷でのやりとりが中国版ツイッターで文字中継されるなど、司法の公正性と公開性の面で一定の進展があった。

 だが、この裁判が、権力闘争の帰結としての政治裁判であることは疑いえない。そうであるからこそ、検察側はもっぱら不正蓄財に焦点を当てることで、裁判の政治色を弱めることに努め、他方、薄は、自らを政争の敗者として法廷劇を演出した。

 中国の政治発展に関するマクロな視点からみれば、薄煕来事件は、ヽ丙浩Ю記∪治腐敗指導者の政治手法だ治制度の近代化という4つの問題領域が重なっていることに注目すべきだ。以下では、重慶市党委員会書記当時の薄が行った「重慶モデル」と呼ばれる統治のありかたとも比較しつつ、習政権の対応について検討したい。

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「重慶モデル」、社会的弱者の救済に力点

 「重慶モデル」の構成要素として、まずは、低所得者向けの住宅供給政策など、社会的弱者の救済に力点を置いた経済政策を挙げることができる。薄のもとで、拡大する貧富の格差の対策として「共同富裕」のかけ声と共にこれらの施策が大々的に実行され、貧困層を中心に彼の人気と名声を高めた。

 中国の格差社会の現実は、依然として相当に深刻であり、社会秩序の安定の確保のためにも早急な対応が必要である。しかし現在まで、習政権は有効な対策を打ち出せていない。実効性はともかく、「調和のとれた社会」をスローガンとして掲げていた胡錦濤・前指導部の方が、この問題に取り組む意志はむしろ明確であった。少なくともこの点に限って言えば、習政権は後退した。

政治腐敗の摘発

 「重慶モデル」の第2の要素は、暴力団の根絶やこれに関連した汚職・腐敗の摘発である。2012年12月、習近平は、幹部の節約励行と浪費の戒め、経済的待遇をめぐる法令遵守などを指示した「8項目の規定」を決定した。習はまた、高級幹部の汚職事件の摘発にも比較的熱心である。しかしそれらは、対処療法的印象がぬぐえない。

 深刻なのは、当局のそうした態度にもかかわらず、政治の自浄作用への信頼感と期待感が、民衆の間ではもはや回復不能に見えるほどに低下していることである。その主因は、真偽のいかんにかかわらず、反腐敗の活動が、往々にして摘発対象者の属する政治派閥と他の派閥との政治闘争の文脈で理解されるためである。事実、薄事件の処理は、前政権下で党中央政治局常務委員だった周永康ら石油産業に利権を持つ人々のパージに発展しそうな勢いをみせている。

 腐敗撲滅が喫緊の課題であることは、習も強く自覚しているであろう。だが汚職摘発の強化が、体制の総合的なプラス評価には必ずしも寄与せず、むしろ、幹部集団全体の腐敗イメージを助長していることは皮肉な現実である。

毛沢東時代を想起させる手法

 「重慶モデル」の第3の要素は、「文化大革命」時期の革命歌の合唱などに代表される毛沢東時代を思い起こさせる政治手法だ。ただし、平等シンボルとしての毛沢東を担ぎ出すことで、過去へのノスタルジーを喚起するやり方は、格差と腐敗に対する民衆の不満をさらに高め、ややもすれば現体制への反対運動を誘発しかねない危険性をはらんでいる。それ故、習近平にとってはとるべき選択肢ではない。彼は、「中国の夢」の鼓吹により、未来に向けたナショナリズムの動員に努めている。

 しかし、習の実際の政治手法は、毛沢東時代の復古的色彩が強い。例えば、今年4月には、「大衆路線教育実践活動」の政治キャンペーンの実施が決められた。運動の中身はともかく、「大衆路線」の言葉自体は、革命闘争における毛沢東のリーダーシップを強く想起させるものである。一説に習近平は、保守派や軍の支持を得るため、彼らの間で根強い人気を誇る毛沢東の指導スタイルを踏襲しているともいう。このような政治手法は、薄の手法と部分的に重なる。

「文化大革命の危険な再来」

 政治制度の近代化とは、つまり司法の独立と権力継承の制度化の二つを意味する。

 既述のとおり、汚職官僚が摘発されるたびに、その真偽のいかんに関わらず、政争論的観点からの解釈が通用する最大の原因は、司法の独立に対する人々の信頼感の欠如にある。共産党の司法への介入が見直されない限り、”綰埃萃りの強化→権力闘争や陰謀論的解釈の流布→支配体制の自浄能力への不信と幹部集団全体への腐敗イメージの蔓延、という悪循環から脱することは難しい。

 権力継承の制度化に関しては、そもそも薄の失脚劇とは、指導者選抜をめぐる制度的欠陥が、センセーショナルな形で露呈したものであったと言える。

 2012年11月の中国共産党第18回全国代表大会の開催当時、最高指導部の人事をめぐって党内では激しい権力闘争が展開された。しかるに、指導者が自らの権威を強めようとする場合には、薄が重慶で行ったように、格差是正や民生改善をうたうポピュリスティックな政策を推進して社会的人気を動員するのが、有効な方法である。

 同時に、薄はそうした左派的政策を実行し、その成果を全国に向けて大々的に発信した。

 それは、2007年の第17回党大会当時から始められた、中央政治局委員候補の推薦投票を意識していたためと推測される。薄のポピュリズムは、18回党大会に際して、推薦投票で高得票を挙げ、その実績に基づいて政治局常務委員会(最高指導部)入りを目指そうとした彼一流の「選挙活動」であり「集票工作」であった。

 しかしそうした薄の行動は、当時の胡錦濤指導部の眼には、「党外」の社会的勢力の動員によって、「党内」の権力バランスの変更を企図したという点で、まさしく文化大革命の危険な再来として映ったであろう。薄は失脚の憂き目をみることとなった。

 以上の分析からは、非民主主義体制における権力継承の難しさが改めて確認できよう。だが、この問題が解決されない限り、自らの政治的不遇と指導部内での力不足を嘆く第2、第3の「薄熙来」が、習近平への挑戦を目指し、権力闘争の過程で末端レベルの共産党員や共産党以外の社会勢力を動員しようとする可能性は、否定できないであろう。

      ◇

 すずき・たかし 1973年生まれ、慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程満期退学。法学博士。専攻は政治学、中国政治。日本国際問題研究所研究員などをへて現職。著書に「中国共産党の支配と権力 党と新興の社会経済エリート」(慶応義塾大学出版会)。