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中国とどう向き合うか、悲観論に基づく戦略を

柴田哲雄/愛知学院大学准教授(歴史学)

2014年01月15日

 尖閣諸島国有化(2012年9月)以来の日中関係の悪化は、中国政府による一方的な防空識別圏(ADIZ)の設定により、一触即発が危ぶまれるほどの状況にまで至った。それにもかかわらず、安倍晋三首相は昨年末に靖国神社を参拝した。案の定と言うべきか、中国が猛反発し、日中間の対話の糸口を見出すことさえ全くできなくなってしまった。

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 安倍政権は中国に対して譲歩を拒み、強硬一辺倒の姿勢で臨んでいるが、その際に頼みとしているのは日米同盟である。特定秘密保護法案の強行採決、「国家安全保障戦略」における「積極的平和主義」の強調、その先にある集団的自衛権の行使容認、及び環太平洋連携協定(TPP)への参加などは、いずれも中国の膨張を抑止するための日米同盟の強化に資するものとして位置付けられている。

 一方、米国も昨今、イラクからの撤兵開始とともに、世界戦略の軸足をアジア・太平洋地域に移すというリバランス政策をとっている。リバランス政策とは、中国との経済的関係を緊密に保ちつつも、中国の西太平洋地域における覇権の確立を阻止するために、日本やオーストラリアなどとの同盟関係を強め、当該地域での米軍のプレゼンスを強化することである。リバランス政策を踏まえるならば、安倍政権の一連の政策は短期的には時宜に適っているように映る。しかし中長期的な観点からはどうであろうか。

 安倍政権の一連の政策の大前提は、米国が今後とも継続的にリバランス政策をとり、西太平洋地域における中国の覇権を一切認めないことである。しかし数十年のスパンで見るならば、米国が中国と何がしかの妥協点を見出して、中国の求める「新しい大国関係」を受容し、西太平洋地域における中国の覇権を黙認する事態が起こらないと断言することはできないだろう。

 例えば、中国が漸進的に民主化を進展させ、米国と経済的利害の面のみならず、価値観の面でも一致するようになれば(それは米国政府が一貫して切に願ってきたことでもある)、米国が中国に西太平洋地域を委ねることは十分に起こり得るであろう。もっとも中国が民主化されても、現在の日韓関係のように、日中関係には領土問題や歴史問題が未解決のまま残されるであろう。ただし民主化された中国と日本との間では、今日のような軍事的な緊張は惹起されないかもしれないが。

 日本にとって最悪のシナリオは、中国が現体制を維持したままで、米国に匹敵するほどの国力を有することに成功した結果、米国がキッシンジャー流の現実主義外交に転換することである。その際、米国は自国の国益を侵さないということが確約されるならば、中国の西太平洋地域における覇権を黙認するかもしれない。そして尖閣諸島や領海などの問題で日本の国益を犠牲にしたところで、那覇や東京の安全が確保されるなら、同盟国に対する大きな裏切りとは考えないかもしれない。今日、米国内から日中の対立に米国が巻き込まれることに対する懸念の声が高まっている。また米国政府は尖閣諸島を日米安保条約の適用対象としつつも、同諸島の領有権については中立の立場をとるという曖昧な態度をとっている。そうした状況を鑑みても、起こり得ないシナリオとは言えないだろう。

日本は独力で中国に対峙できるか

 万が一そうなった場合、日本が独力で中国の軍事力と対峙(たいじ)する必要性が出てくるが、果たしてそれは可能であろうか。憲法九条を改正しさえすれば(あるいはその解釈を変更しさえすれば)、足枷(あしかせ)がなくなって、中国に対抗し得る独自の軍事力(場合によっては核兵器も含めて)を確立することができるという意見もあるだろう。だが、中国の国力が今後ともさらに増強すると予測されるのに対して、日本のそれは同様に増大を望めるであろうか。筆者は福島原発事故に関して何ら専門的な知見を有しているわけではない。だが、チェルノブイリ原発事故の処理に苦しむ旧ソ連諸国の状況に照らす限り、アベノミクスや五輪などの狂騒にもかかわらず、原発事故が中長期的にボディ・ブローのように日本の国力を蝕んでいくだろうと予測せざるを得ないのである。果たしてこれからの日本に中国に対抗するための軍事力や経済力を構築する余裕などあるだろうか。

 無論のこと筆者は、以上のような見解が悲観的なものであることを重々承知している。しかし外交・安全保障戦略は悲観論に基づくべきであるということは、第2次世界大戦の貴重な教訓ではなかったであろうか。日本政府は万が一、米国のリバランス政策が機能しなくなった時に備えて、中国が西太平洋地域を支配した際に、どのように日本の国益を最大化するのかということについてもシミュレーションすべきであろう。日本にとっていかなるパクス・シニカ(中国による平和)ならば受容可能か、またそれを中国に実現させるためにはどのようにすべきか検討しなければならないだろう。少なくとも原発事故が解決を見るまでは、万が一の保険という意味でもそのような配慮が求められるものと考える。

 ただしパクス・シニカの下では、首相や閣僚による靖国神社への参拝は間違いなく論外となるであろう(今日でも「失望」の意を表明した米国との同盟関係を考えるのならば、論外だろうが)。パクス・アメリカーナ(米国による平和)の下で、日本が米国と自由主義や民主主義といったイデオロギーを共有したように、パクス・シニカの下では、日本は中国や、そして韓国と少なくとも歴史観の共有を求められるからである。

      ◇

 しばた・てつお 愛知学院大学教養部准教授。1969年生まれ。中国上海市の華東師範大学法政系留学を経て、2001年3月京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程単位取得退学。2003年5月博士学位取得。2010年4月から2011年3月までコロンビア大学東アジア研究所客員研究員を務めた。主著に『協力・抵抗・沈黙―汪精衛南京政府のイデオロギーに対する比較史的アプローチ』(成文堂、2009年)、『中国民主化・民族運動の現在―海外諸団体の動向』(集広舎、2011年)、「中国の安全保障とテロ対策」〔梅川正美編著『比較安全保障―主要国の防衛戦略とテロ対策』(成文堂、2013年)所収〕。