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東シナ海上空の「乱気流」―中国の空域運用と日本

安田 淳/慶応義塾大学教授(中国の安保政策)

2014年02月24日

安田淳さん

 東シナ海の波が高い。尖閣諸島をめぐってばかりでなく、海底のエネルギー資源開発、中国海軍艦艇のプレゼンスなど、この日中の間によこたわる海が注目され、そこにおける日中の対立が懸念される。

AJWフォーラム英語版論文

 海の上には空があることを意識しなければならない。2012年末に、尖閣諸島の魚釣島の上の日本の領空を中国の航空機が複数回侵犯した。また、昨年には、中国の軍用機や無人機が東シナ海上空をしばしば飛行したことが確認されている。海と空とは一体のものであるとして、海と同様に空にも目を向ける必要がある。

 日中の政治関係が冷え込んでいるとは言え、民間航空機による日中間の人やモノの往来は、なお活発である。毎日多くの民間航空機が、決められた飛行ルートを、決められた飛行規則に従って行き来している。世界の空は、国際民間航空機関(ICAO)により領空の概念を越えて区画され(これを飛行情報区―FIRという)、安全で快適で効率的な民間航空機の運航が図られている。そうした工夫によって、空には国家の領有権を超越した利用のされ方が国際的に確立されている。だが他方で、空は海と同じく国益を確保する場でもあり、国威発揚の場でもあり、これまで戦いの場にもなってきた。

軍事優先の運用

 最近、そうした点で空を巧みに利用するという意図をうかがわせる中国の恣意的な空域の運用が目立つようになっている。時刻表通りに運航すべき中国内の航空便が大幅に遅れたり、日本から中国へ向かった航空便の着陸が突然拒否されたりすることがある。いずれも中国が空域を軍事優先で訓練演習などのために運用することにその原因の一つがありそうだ。

 またたとえば、沖縄と上海の間ですでに国際的に設定されている短縮航空ルートの飛行を、中国はなぜか許可しない。実はその空域では、最近しばしば中国の軍用機が現れて飛行しており、飛行を許可しないことは、それとも関係がありそうだ。

 さらに、中国は担当する航空交通管制空域と日本や韓国のそれとの境界線が不合理だとして満足しておらず、調整すべきだと主張している。こうしたことの延長線上で、2013年11月に中国が防空識別圏(ADIZ)を公示した。防空識別圏とは、敵味方の識別というよりも、より正確に言えば、自国に対する空からの脅威を判定するための空域である。中国は日本の領土を含む東シナ海の空をあたかも領空のように扱おうとしている。同時に中国は、空をへて自国に脅威が及ぶことを想定し、それを防ごうとしているのである。その背景には、やはり中国が領有権やエネルギー、軍事的プレゼンスを確保しようとする意図がある。

 東シナ海には尖閣諸島問題以外にも、進まない日中エネルギー共同開発問題や、中国と韓国との間の海洋権益の問題などがある。それらは、海と空の問題が渾然一体となって現れてきている。

 空域や航空路の設定・運用には、技術的な要因ばかりでなく、軍事戦略や国家戦略が大きく関わっていると見るべきだろう。経済と軍事の統合的な発展を推進している中国は、東シナ海の空域の利用にもこうした戦略を十分適用している。空をはさんで中国に向き合う日本にも、国益のために空を守り、利用する戦略が求められる。

経済成長阻害すれば国内に不満も

 他方、中国内でも、民間よりも軍事が優先される空域運用や航空交通管制に対して、一部に不満が生じているようである。中国の経済成長のためには空をもっと利用しようと考えられるのも当然である。それを中国軍が阻害しているとすれば、空域の軍による恣意的な使用は、対外的問題だけでなく国内問題にも発展しかねない。中国の民間航空が、軍事航空の優位にいつまでも甘んじているかどうかは、今後の情勢の推移次第である。

 漠然と軍が重要な役割を担っているといわれる中国政治において、軍と政治との関係を描き出す観点が、こうした民間航空と軍事航空との関係というところにも見つかりそうだ。

      ◇

 やすだ・じゅん 慶應義塾大学法学部教授。専門は、中国の軍事事情や安全保障政策。同大学大学院 法学研究科 政治学専攻博士課程単位取得退学。旧防衛庁防衛研究所教官を経て現職。日米の自家用パイロット資格を持つ。