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靖国参拝、米国の態度変更の背景にパワーシフト

柴田哲雄/愛知学院大学准教授(歴史学)

2014年04月17日

柴田哲雄さん

 昨年末の安倍晋三首相による靖国神社参拝をめぐって、日米関係に軋(きし)みが生じている。安倍政権関係者の間からは、民主党のオバマ政権だから参拝に対して批判がなされたという声が上がっている。しかし共和党の知日派のアーミーテージ氏ですら「中国を利するだけ」として批判に唱和していることからも明らかなように、米国の党派を超えた政治的意思と見なすのが妥当だろう。なぜ米国は靖国参拝に対する政治的態度を変えるに至ったのだろうか。

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 それを理解するためには、東アジアのパワーシフトの歴史をおさえる必要があるだろう。長らく東アジアはパクスシニカ(中国による平和)の下にあり、日本もその周辺にあって平和を享受してきた。しかし19世紀前半のアヘン戦争(1840〜42)を機に、英国とロシアの勢力が東アジアに浸透するようになり、パクスシニカが崩壊してパクスブリタニカが成立するようになった。

 日本はこうしたパワーシフトに対応するために、明治新政府の下で国内体制の刷新を企て、幕藩体制から中央集権体制に移行した。政治学者の丸山真男が述べるように、国家神道はその過程で、欧米諸国の精神的機軸をなすキリスト教の代用品として創出された。靖国神社は国家神道の中核に位置付けられた。

 そもそも靖国神社はその名称からも明らかなように、東アジアのパワーシフトに伴う欧米列強の植民地支配から日本を生存せしめるために、すなわち国を靖(やす)んじるために創建された。靖国神社のあり方が、東アジアのパワーシフトから大きな影響を受けるのは当然と言えよう。日本が第2次世界大戦を通して、東アジアから英米の勢力を駆逐し、パクスジャポニカを実現しようとした際には、靖国神社は空前の信仰を集めるに至った。しかし第2次大戦に敗れた日本がパクスアメリカーナの下に入ると、靖国神社は一宗教法人となった。ただし米国は日本政府要人の靖国参拝については目くじらを立てることはなかった。

中国のめざましい台頭

 しかし昨今、東アジアにおいて中国の目覚しい台頭と米国の退潮という現象が出現し、再びパワーシフトが起こりつつある。米国は、目下、東アジアの国際環境の変化にいかに対応すべきか、注意深く検討している。そうした最中にあって、中国の強硬派を刺激する靖国参拝などは、米国にとって「失望」以外のなにものでもないだろう。靖国神社が国を靖んじるどころではなくなったのだ。

 米国が日本に対して再三、韓国との関係修復を促しているのも、同様だ。中国が東アジアにおけるパワーシフトを実現して、覇権を握ることを阻止するためには、米国の退潮を補う意味でも、日米韓の結束が是が非でも必要になるというわけである。

 日本は今後、靖国問題に対してどのようなアプローチをとるべきだろうか。上述で明らかにしたように、客観的に見て、今後靖国神社の存在が東アジアのパワーシフトに伴って、国際的にタブー視されることは避けられない。筆者も親族の御霊が靖国神社に祀られていることから、首相や閣僚の参拝を求める心情については理解し得なくもない。しかし参拝を強行することによって、日本の国際的孤立をもたらし、国を靖んじることができないということになれば、靖国神社のそもそもの創建の趣旨を違えてしまうことになるのではなかろうか。靖国神社の将来を慮るならば、神社を国際的な政治論議の場に引きずり出さない方がかえって賢明ではないだろうか。

      ◇

 しばた・てつお 愛知学院大学教養部准教授。1969年生まれ。中国上海市の華東師範大学法政系留学を経て、2001年3月京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程単位取得退学。2003年5月博士学位取得。2010年4月から2011年3月までコロンビア大学東アジア研究所客員研究員を務めた。主著に『協力・抵抗・沈黙―汪精衛南京政府のイデオロギーに対する比較史的アプローチ』(成文堂、2009年)、『中国民主化・民族運動の現在―海外諸団体の動向』(集広舎、2011年)、「中国の安全保障とテロ対策」〔梅川正美編著『比較安全保障―主要国の防衛戦略とテロ対策』(成文堂、2013年)所収〕。