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中国主導のインフラ投資銀行、ブレトンウッズ体制への挑戦なのか

津上俊哉(つがみ・としや)/現代中国研究家

2014年11月10日

津上俊哉さん

 中国の手で、新しい国際金融機関アジアインフラ投資銀行(AIIB)が来年設立されることが内定したようだ。この銀行は、アジアで各国に跨(また)がる交通インフラなどの整備を促進して、域内各国の「互連互通」を進めていくことを目的としている。昨年のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の折りに、中国の習近平国家主席が提唱し、東南アジア、中央アジアなどの途上国の賛同を得て、現在設立準備中だ。第1ステージではアジア諸国だけで設立し、当初資本金の500億ドルの約半分は中国が拠出するが、第2ステージでは米、欧、豪、ニュージーランドなど域外国の参加を仰ぐ予定だとされる。

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 この構想は、日米が中心となって締結を目指している環太平洋経済連携協定(TPP)構想に対する中国の備えでもある。中国は必ずしもTPPに反対はしていないが、直ぐに加盟できる見通しはないし、何もしないでアジアで仲間はずれになるのは避けたい。だから、地域の「互連互通」をキーワードにして、日中韓の自由貿易協定(FTA)や環太平洋自由貿易協定(FTAAPP)などを中国主導で推進する一方、AIIBを通じた資金提供で中国とアジア地域をつなぐインフラを整備して、域内経済関係の拡大深化を独自に進めようとしている。



日米の態度は否定的か

 中国は日本や米国を排除してAIIBを設立するつもりだろうか。今年初め、中国は域内の大国を招聘(しょうへい)することに慎重で、この構想を歓迎した東南アジア、中央アジアなどの途上国との間で準備会合を始めた。そこには日本も米国も、そしてインドも招待しなかった。日本に対しては6月末、正式に参加を招請したが、設立段階からアジア域外国である米国を招請する考えはないようだ。

 従来、国際金融界を主導してきたG7諸国、とくに日米両国にとって、アジアにおける経済パワーシフトを象徴するAIIB構想は、あまり心地よいものではない。「中国によるブレトンウッズ体制への挑戦」だと批判する声も聞かれる。招請を受けた日本は未だ正式の回答をしていないが、政府の担当者は、この構想に否定的な態度だと伝えられる。

 第1ステージでの参加を招請されていない米国の態度はどうか。韓国メディアによると、米国は、構想に賛同して準備会合にも参加していた韓国に対して、習近平氏の訪韓が迫った6月初めに「深い懸念を表明」したという。米国がAIIBをどう感じているかが透けて見えるようだ。
 日米はAIIBに参加しないだけでなく、反対する姿勢のようにも見えるが、それでよいのだろうか。

 過去10年で国力が著しく伸張した中国が、国際社会での影響力や発言力を高めたいと考えるのは当然のことだ。かつてアジア開発銀行(ADB)を設立した経験のある日本として、その欲求を否定することはできない。また、中国も2009年のリーマンショック後「国際通貨基金(IMF)や世銀には、もっと新興国の意見や利害が反映されるべきだ」という国際世論の高まりを背にして、当初は「ブレトンウッズ体制」内での出世を目指したのだ。しかし、体制内での出世を目指す試みは、IMFや世銀での出資比率や議決権の増加についてG7側の協力を得られずに頓挫(とんざ)した。この経緯を考えれば、「ブレトンウッズ体制への挑戦」を論難するだけでは公平さを欠くだろう。それほど「ブレトンウッズ体制に分派行動が生じてはならない」と思うのであれば、G7と中国双方の納得のいくかたちで、新興大国中国を「体制」内に留める努力をすべきだった。

 「AIIBは世銀やADBとの役割分担が不明確だ」という批判もある。たしかに既存機関との機能重複感は否めない。しかし、今後のアジアのインフラ整備や開発金融の資金需要は膨大なのに、世銀やADBの今の資金供給能力ではまったく足りない。役割分担の不明確さを批判するなら、既存機関の資金供給のボトルネックを解消する方策も提案する必要がある。その答えなしに日米が一緒になって反対したところで、資金拠出の意思がある中国と資金供与を要望するその他の参加国の動きを止めることはできないだろう。



TPPに先んじる可能性も

 AIIB構想は、最初TPPに刺激されて動き出したが、ここに来て、TPP交渉の先行きがはっきりしなくなってきた。他の交渉参加国は日米交渉の様子眺め、米国中間選挙の結果次第では、「漂流」する可能性もある。しかし、TPP交渉が「漂流」してもAIIBは実現するだろう。その場合、中国の方が先にアジア域内経済連携強化の有効なツールを手にすることになる。それは国内政治に気を取られがちな日米両国に「それでよいのか?」と警鐘(けいしょう)を鳴らす効果があるだろう。経済において、競争は善なる結果をもたらすのだ。

 既存の国際金融秩序の外側にAIIBが設立されることは、今後の国際開発金融に複雑な影響を及ぼしうる。しかし、日米が一緒になって反対したところで、止めることができないAIIBについて、他国に「参加するな」と働きかけても国際金融界の亀裂を深めるばかりだ。経済において、排除や封鎖は悪い結果をもたらすのだ。

 台頭する中国に対する対処のあり方について、日米両国の間では、「エンゲージメント(関与)とヘッジ(防護)の両方の姿勢で臨むべき」という声をよく聞く。しかし、ヘッジのイメージが明確なのに対して、エンゲージメントのイメージははっきりしない。

 地球温暖化やテロ対策など、「世界みんなのため」の問題で中国と協力していくことも、エンゲージメントの中味たり得るが、国益のゼロサムゲームになりやすい領域でのエンゲージメントは格段に難しい。領土問題に象徴されるように、外交や安全保障の領域ではなおさらだ。

 それならば、経済問題でこそ、「エンゲージメント」のあり方を考えるべきではないか。たとえそれがAIIBのようにNIH(Not Invented Here=我々から出たアイデアではないもの)だとしても。

      ◇

 つがみ・としや 1957年生まれ。80年旧通商産業省入省、96年在中国日本大使館経済部参事官 経済産業研究所上席研究員などをへて退職。2003年、「中国台頭」でサントリー学芸賞を受賞。現在、津上工作室代表。